喜多方を愛し、サステナブル(持続可能)な酒造りを追求する
佐藤 雅一
Masakazu Sato
喜多方 [福島県]
佐藤 雅一(さとう・まさかず)
1980年、喜多方市生まれ。高校卒業後の約7年間の社会人生活を経て、1790年から続く家業、大和川酒造の10代目に拝命する。日本酒を軸に地産地消や、地域住民交流拠点の創出など様々な地域社会の課題の解決にも尽力している。
福島県の北西部に位置し、北東には名峰磐梯山、北西には飯豊連峰の雄大な山々と豊かな自然に囲まれている喜多方市。この地で採れた清冽な水と米、そして喜多方で暮らしを営む人々と造ってきた地酒。230年以上続く大和川酒造で10代目佐藤さんはどのような想いを紡ぎ伝えているのだろうか、語っていただいた。
地の米・水・技術、そしてエネルギーへと
合資会社大和川酒造の創業は1790年。喜多方市で九代に渡り酒造りを営む老舗酒造だ。十代目となる現社長の佐藤雅一さんは、社会人の8年間を除き、生まれてからずっと喜多方で生活を送ってきた。佐藤さんは外に出てより、他と比べて蔵が多く、四季がはっきりしている喜多方の魅力に気が付いたという。「若い時はなかなかわからなかったけど、一回外でてみないとわからないこともあるのかなと思う」と語った。喜多方の冬の厳しい寒さは雑菌が繁殖しにくいため酒造りに適していた。佐藤さんは幼い子ころから父、祖父、祖母から酒造を継ぐように言われて育ったため、酒造になることは心に決めていた。
大和川酒造のこだわりは「四方四里」の酒造りだ。四方四里とは、一里が約4kmなので四里つまり半径16キロ以内で収穫されたものを食すという意味。「農業法人で蔵から半径16キロ以内の米で酒を造っているのは、喜多方でも唯一うちだけです。あえてこの言葉を使っているところはありません」と佐藤さんは胸を張る。
農業の担い手不足を解決するために農業法人「大和川ファーム」を立ち上げ、酒造から半径16kmに位置する東京ドーム約7個分の田んぼで原料米を自家栽培している。米作りを始めて30年。喜多方は飯豊山の伏流水により米どころとされている。その米で造る酒がうまくないはずはない。
また、昔ながらの杜氏制度では、新潟などから杜氏を招くのが通例だが、大和川酒造では随分前から杜氏制度をやめて地元の人材を雇い、継承を行っている。「夜通し働くのは現代の労働体系に合っていないので、ある程度機械化しながら従業員の労働環境を整えています」と佐藤さん。
会津の風土や飯豊連峰の伏流水を生かすため、徹底的な自社管理を行っている。酒造りの副産物でもある米ぬかや酒粕を利用した循環型の肥料づくりもしかりだ。また九代目の佐藤彌右衛門さんは再生可能エネルギーの会社を立ち上げ、エネルギーの自給自足に向けて取り組む。慣例にとらわれすぎずに常に挑戦を続ける姿勢が、高品質かつサステナブルな酒造りに繋がっている。
大和川の歴史 奈良から喜多方の地へ
ここで少し、大和川というお店の名前の由来を伺ってみた。弥右衛門の先祖は1600年代に奈良から会津に移り住んだと伝えられているのだとか。会津に移り住む前は、奈良県を源流とする大和川のほとりで綿業を営んでいたこともあり、その大和川から名前を頂き、創業当初の屋号は「大和彌」としてしていたのが、明治時代後期に「大和川」とした。1770年頃に現在、北方風土館が建つ寺町にて綿業をはじめた。この寺町という場所はかつて越後北街道の要所、更には米の流通地でこの地での商いの実績が買われ、1702年に「天明の大改革」の殖産興業により、初代の佐藤彌右衛門が酒箒なる酒造免許を受け清酒醸造販売をはじめたとのことだ。
「喜多方を好きになってもらいたい」そのための商品開発に邁進
「東日本大震災によって何もかも変わった」。原発事故の影響による風評被害が長い期間あり、精神的なダメージを受けたそうだ。その気持ちをバネにして、「喜多方を好きになってもらい、喜多方の酒を飲みたいと思ってほしい。そのために喜多方の自然環境を生かした唯一無二の商品開発をしています」
「日本酒の販売量はピーク時に比べると3分の1になっている。これから先もスロープ(傾斜)していくことが予測されます。だからこそ、他のお酒と比べた時に大和川の酒の価値を味わってほしい。喜多方にこだわった酒造りをしているので、それを分かっていただく機会を作りたいです」。
現在は海外進出も果たし、日本食レストランが多いブラジルで特に多く飲まれているとか。日本国内でももっと味わってほしいと話す。
喜多方の大和川酒造の空間でしか味わえないお酒を
大和川酒造の代表銘柄は「弥右衛門」。当主が代々襲名する名でもあり、酒類総合研究所主催の全国新酒鑑評会で8年連続金賞を受賞している。種類はたくさんあるが、一番のおすすめは、柔らかく後味さっぱりの「純米辛口」だ。冷やでも常温でも燗でもおいしく飲める万能タイプのお酒で、値段も1200円(税抜)とリーズナブル。初心者にも気軽に味わっていただきたいとのこと。
また、大和川酒造を訪れたらぜひ「北方風土館」へ。ここでは3つの蔵を開放している。江戸蔵は元々酒造りが行われていた場所で、今は酒造りに使用した様々な道具を展示。大正蔵は外気が遮断され、夏は涼しく冬は暖かい酒蔵の断熱性の高さを体感きる。昭和蔵はイベントホールとして開放し、結婚式やコンサート、地域行事にも活用。利き酒コーナーでは10種類以上の彌右衛門酒を試飲できるのも嬉しい。「季節限定酒などレアなお酒も飲めるのも酒造ならでは。心ゆくまで飲み比べてください」と佐藤さん。
喜多方人の気質は、「とりあえずやってみましょう」と前向きなことだと佐藤さん。2023年に企画した「食と日本酒と会津塗のマルチペアリングを楽しむ一流の田舎時間」に関しても、旅館、漆作家さんと三身一体となって取り組んでいる。
「料理とのペアリングは意外と難しかった。酒造メーカーでは料理は作らないので、奥が深い世界でした。メーカーとして新たな視点が生まれました」。アミノ酸を豊富に含んでいる日本酒は肉の甘みを引き出すので、ぜひ一緒に味わってほしいそうだ。
当企画には大和川酒造の利き酒講座が含まれていて、初級者、中級者にぜひ覚えてもらいたい日本酒のカテゴリーや味わい、全国の日本酒と比べた時に喜多方の酒にどんな違いがあるのかなどを体感できる絶好の機会でもある。「日本酒とのコラボレーションというのは、今いろんなところで行っている。今までのその日本酒といえばこれだよね、はあまり考えずに幅広くいろんなものと日本酒や料理さらには漆器とも合わせて、文化と一緒に日本酒を味わってもらえるような環境作りを探求していきたいです」と今後に向けた展望を述べた。佐藤さんは、これからも一貫して、喜多方の良さを伝えていきたいと決意を固くした。
地域住民にとって、暮らしのハブ的な拠点となる
佐藤さんはの挑戦は、酒造りだけに囚われない。地域の文化レベルを上げるための柔軟な取り組みは酒蔵に新しく完成したカフェにまで及ぶ。「当初は空いてるスペースを有効活用するためだったり、新しいお客さんを呼び込む一つのきっかけだったりになればいいなと思っていた。でもせっかく街中の中心あたりにあるので場所的にも丁度いいし、地域の人の生活の中のハブ的な拠点になればいいな、そういう場所が必要だなと思っています」。カフェではコーヒーやスイーツだけでなく、酒屋ならではの甘酒のドリンクも販売されているそう。また、演劇の披露の機会や、ワイファイやコンセントも整備された作業のしやすい環境はこれからより一層地域住民だけでなく、様々な人が集まる拠点となりそうだ。「一つの企業だけでできることっていうのは限界がある」みんなで手を取り合って喜多方を盛り上げてきいきたいという熱い思いが佐藤さんから伝わってきた。