いにしえから受け継がれる豊前の伝統文化と人の暮らし。「観光の力」で未来へつなぐ

東 里美

Satomi Higashi

豊前市 [福岡県]

東 里美(ひがし・さとみ)
福岡県北九州市出身。大学卒業後、ラジオ局や福岡市内のコンサート企画運営会社で広報を務める。その後、京築エリアのFMラジオパーソナリティーや地域おこし協力隊員の立場から豊前の魅力発信に関わる。現在、豊前観光まちづくり協会の職員として、観光やまちづくりなど様々なプロジェクトに携わる。

福岡県東部に位置する豊前市。ここには、かつて修験道の聖地とされた求菩提山をはじめ、中世に起源を持つとも言われる豊前神楽、海の幸が豊富な豊前海がある。それらの魅力を「観光の力」で発信し、存続の支えとなるよう活動しているのが、豊前観光まちづくり協会の東里美さんだ。
「『本物の良さ』がここにはあるんです。そう感じるのは、私が都市部からの移住者だから」
東さんを突き動かす豊前の魅力とはどういうものなのか、話を伺った。

自然と文化、そして地に足をつけた暮らし。 いつしか移住を思うように。

「ここには季節の移ろいの中に、人の暮らしと文化が息づいているんです。街中での生活と仕事で疲れ切っていた私にとって、本当の故郷よりも故郷らしさを感じられる場所でした」

そう話すのは、「豊前観光まちづくり協会」に勤める東里美さん。

市の観光情報発信はもちろん、「豊前市森の案内人」や、豊前体験プログラム「ぶぜん“み”たいけん」の事務局など、まちの魅力を観光の力で広めようと試みる立役者だ。

東さんが豊前市を訪れたのは10年以上前に遡る。

北九州市に生まれ、学生時代を福岡市で過ごしそのまま就職。都会の賑わいの中に身を置き、音楽業界の広報という多忙な仕事に追われながら、空を眺める余裕すらない生活を送っていたという。

「限界だなと感じて、退職しました。しばらく北九州の実家にいたんですが、ある時、知り合いから『豊前・京築の魅力を伝えるコミュニティFMで働いてみないか』と声を掛けられて。

それまで一度も訪れたことがなかった場所だったんですが、なんとなく惹かれるものがあって引き受けることにしました」

行ってみると、山も海もある自然豊かなまちだった。なにより、そこに暮らす人々が「地に足をつけた生活」を送っていることに新鮮な驚きを感じたという。

FM局という新たな職場が実家から車で30分程の距離だったこともあり、それから豊前に通う日々が始まった。

「取材で市内各地を巡り、自然や文化、人に出会うにつれ、ますますこのまちの魅力を実感しました。住んでいる方に伺うと、皆さん声を揃えて『ここにはなんにもないよ。どこにそんな魅力があるのかね?』と言われるんですが、ここには人の温かさや優しさが紡ぐ『結(ゆい)の文化』が根付いている、私はそう感じたんです」

以後4年に渡り、ラジオを通して豊前の魅力を発信し続けた東さんには、どうしても実現したい望みがあった。「移住」。仕事を通して豊前ファンの第一人者を自負するまでになり、住みたい気持ちはずっとあったものの、なかなか良い家に巡り会えずにいたという。

そんな時に公募されたのが、移住も兼ねた「地域おこし協力隊」。東さんは迷わず応募し、念願叶って採用となる。そしてついに、このまちの住人に。

任されたのは豊前海の魅力発信。そして、縁あって漁師の妻に。

「以前からこの地域に伝わる修験道の歴史に興味があって、歴史講座に通っていたんです。なので、里山エリアに関わる地域振興のお手伝いがしたかったんですが、私が任されたのは海。豊前海のPRに関わってほしいというものでした」

思ってもみなかった海の魅力発信。だが、漁師や漁協の人たちと関わる中で、豊前海の豊かさに感動したという。

「山の恵みがたっぷりと注がれているこの海は、本当に栄養が豊富。しかも藻場もあって、イカやコショウダイ、ハモやカニも毎年産卵に訪れるんです。干潟もあるので、アサリやタイラギも獲れたりと美味しいものに溢れています。毎日魚に触れていたら、神経締めもできるようになったんですよ」

実は東さん、地域おこし協力隊で海と関わる中、ご縁あって結婚。今では漁師の妻だ。移住はいつしか永住へ。

そして、隊員の任期終了と同時に地域振興の会社を起業。豊前海のPRを継続しつつ、それ以降は地域の観光全般にも関わるようになる。

修験道の聖地「求菩提山」は 五感を研ぎ澄ませ、自然と一体になる山。

「ここを訪れた時、最初に魅了されたのが『求菩提山(くぼてさん)』だったんです。ちょうど東日本大震災の直後でもあったので、修験道の精神に触れ、暮らしを見直すきっかけになりました。自然との共存がどれほど大切かと」

そもそも修験道とは、日本に古くから伝わる山岳信仰であり、聖域である山で厳しい修行をすることにより心身を鍛錬するもの。日本には三大修験道があり、山形県の出羽三山(でわさんざん)、奈良県の大峰山(おおみねさん)と共に、福岡県の英彦山(ひこさん)もその一つである。英彦山の流れを汲む求菩提山も、かつては修験道の聖地として数多くの修行の場や坊が置かれ、「一山五百坊」と称されてた。

「聖なる力を感じる求菩提山には、結界も多くあります。実際に修験者が修行したルートを歩いたり、森林セラピーを体験する中で、次第に五感が研ぎ澄まされていくのがわかるんです。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、そして心の奥深くにある第六感。

人は自分の身を守るために、それらの感覚を持って生きていたはずなのに、モノに頼るのが当たり前の今の生活ではとても弱まっている気がします」

山に身を置くことで雑念が止まり、自らの感覚に意識を向けることができる。そこから本来持っていた集中力や想像力を取り戻すことも。

東さん自身、自然のサイクルの中で生かされていることを実感するという。

「ここを案内すると、皆さん必ずと言っていいほど、『山が持つパワーがすごい、空気が違う』と驚くんです。山に入る前から、豊前の駅に降り立ってすぐに感じる方もいます。最初は圧倒されるんですが、徐々に自分が自然の一部であることを感じるように。

しかも、その日は眠りがとても深くなるんです。夢も見ずにぐっすりと眠れます」

神楽を守り、受け継いでいくには 本物の良さを伝える「観光の力」も必要。

豊前には「神楽」という伝統文化も受け継がれている。

この地域の「豊前神楽」は国の重要無形民俗文化財にも指定され、季節が秋になると、市内50ヵ所以上の神社で、6つの神楽講により伝承された神楽が奉納される。

「神楽では陰陽五行や四季などが表現され、全てにおいて自然への感謝や祈りが込められています。ここに暮らすと、文化が生活と密接に繋がっていると感じます。

とはいえ、伝統を守り続けるのは簡単なことではありません。年々、地域全体が高齢化し担い手が少なくなっていることに加えて、そもそも口伝で受け継がれてきた文化を残すこと自体が難しくなってきているんです」

神楽の舞を守り、その舞台である神社を守り、さらに国の財産と認められたことで、「変わらないこと」も求められているという。

「ですが、地域の子どもたちが神楽を舞う大人の姿を観て、『かっこいい、僕もやってみたい』と言ってくれるんです。コロナ禍で奉納できない時期もありましたが、確実に子どもたちの目には、将来自分が舞う姿が重なって見えているようで。中には練習を重ね、驚くほど上手に舞う子もいて、彼らの姿を披露する場が必要だなと感じます」

中世まで起源が遡るとも言われる神楽。その伝統文化をこれ以上地域で守り続けるのが難しいのであれば、「観光の力」で支えることができないだろうか。「観光の力」があれば、子どもたちが舞う姿を多くの人に観てもらえるかもしれない。

そこで、東さんは迷うことなく地域限定旅行業の資格も取得する。

神楽をはじめ、求菩提山の修験道や森林セラピー、豊前海の豊富な海の幸など、それらの魅力の深さを自ら実感してきた東さん。現在は「観光」という切り口で、国内外から人の誘致を計画している。伝統文化の存続への後押しはもちろん、ここに暮らす人も含め、豊前に息づく全ての魅力を知ってほしいからだ。

「訪れた人には『観る』だけでなく、文化や伝統を育んできた豊前の暮らしそのものを知ってもらいたいんです。そして五感で体感してほしい」

「ここにはなにもない」という豊前の人々だが、このまちのすばらしさの背景には、一人ひとりの見えない努力があると東さんは感じている。それは、意識せずとも「守り、伝え、繋いでいく」という想いが日々の暮らしの根底にあるからだと確信している。

最後に、東さんがこれから繋いでいきたいものを聞いてみた。

「豊前では、五感で感じるもの全てに『本物の良さ』があります。自然に感謝し、その恩恵を受けながら生かされているという感覚があるからこそ、作り物ではない本物が生き続けているんだと思います。

観光の力で支え伝えていく。豊前での私の役目はそれだと感じています」