自然と人間のいい関係を。三方五湖からサスティナブルな里海の価値を伝えていく

阪野 真人

Masato Banno

三方五湖 [福井県]

阪野 真人(ばんの・まさと)
一般社団法人Switch Switch代表理事、愛知県出身。専門はアウトドアガイドで、長年にわたり北海道で自然保護や地域づくりの活動に携わる。2016年、妻の実家がある福井県で子育てをしたいという思いから、地域おこし協力隊として福井県三方上中郡若狭町に移住した。
住んでいる人々が住み続けたいと思えるまちを創ることを理念とし、一般社団法人「Switch Switch」の代表理事として、地域活性化事業や各種自然体験事業の構築、福井県年縞博物館に併設されている「cafe縞」の運営、移住者を増やすための取り組みなど、多岐にわたる活動を行なう。

ラムサール条約にも登録された美しい湖、江戸時代から続くかやぶき屋根の舟小屋……福井県美浜町と若狭町にまたがる5つの湖を総称した三方五湖エリアには、美しい自然と昔ながらの文化を感じさせる風景が広がっている。
ここで食のプロデュース、特産品を活かした商品の開発、自然体験事業の構築、キャンプサイトの運営など多岐に渡る地域活動を展開しているのが一般社団法人Switch Switch代表理事・阪野真人さんだ。三方五湖に根づく文化や歴史、そしてそれを伝え続ける意義について、阪野さんが語った。

自然環境が失われるのを目の当たりにした原体験

「生まれ育ったのは、愛知県名古屋市の郊外。林に囲まれた一角に実家がありました」

そう話す阪野真人さん。人口が集中する名古屋市内でも、とりわけ自然豊かな環境の中で幼少期を過ごした。しかし、ある時期から状況が変わりはじめる。
「環状線の建設で、地域の住民が立ち退くことになったんです。高校生のとき私の家も立ち退くことに。その後も、小さい頃に秘密基地をつくって遊んでいた裏山や、友達と野球を楽しんでいた広場もどんどん再開発されていきました」

▲ツアーでガイドをする阪野さん

自らの楽しい記憶が刻まれている自然のある風景。それが都市化によって消えていく。そんな出来事が阪野さんの原体験に刻まれた。高校卒業後の進路選択も、当時の体験をもとに決めたという。

「周りの自然環境が失われていくのを目の当たりにした原体験から、自然を守る仕事をしようと考えました。大学に行って学ぶよりも、できるだけ早く社会に出て活動したいと思い、あえて専門学校に照準を合わせることに。そんなとき、環境活動家として世界的に有名で、日本の自然を愛したC.W.ニコル氏の本を読んでいたら、巻末に東京で彼が副校長に就任する専門学校ができるという記載を見つけたんです。その瞬間、ここに入学しようと思いましたね」

阪野さんが入学したのは、東京環境工科専門学校。ネイチャーガイドや子どもの自然体験事業などで活躍する人材を多数輩出している学校だ。

「C.W.ニコル氏が自ら再生に取り組む長野県内の森に出向いて野生生物の調査をしたり、授業中にゴキブリが出てきたら、その場でゴキブリの生態の授業がはじまったり。ユニークな先生と講義に満ちていてとても充実していましたね。

この学生生活で大きかったのが、自然を生業にするイメージが湧いたこと。自然と向き合う仕事にも、さまざまな選択肢があることを知りました。当時『自然を対象にした仕事をしたい』というと『木こりになるのか』とからかわれることもあって。きっと『自然を大切にすること』と『働くこと』が分断されていてたんですよね。でも、先輩の進路を見ていくと、実際にはネイチャーガイドや子どもの自然体験事業などさまざまな選択肢があった。自然と向き合う生き方の多様性に触れられたのは、大きな財産になりました」

卒業後は、ワーキングホリデーの制度を使って、ホエールウォッチングの聖地・ニュージーランドに滞在したり、福井県でカヤックガイドの仕事をしながら1年間過ごした阪野さん。その後、専門学校時代の同級生の誘いで、北海道のラムサール条約の登録湿地で活動する環境保全団体に就職し、キャリアの基盤を築いていく。

「広大な敷地の中、わずかな夏の期間に綺麗な花が一気に咲き誇る幻想的な風景がとても特徴的な湿地帯でした。でも、ゴミが捨てられたり、埋め立て地になったりと課題も多くて。『どうしたらこの湿地を持続可能なかたちで未来に繋いでいけるだろうか』と考えながら、魅力を伝えるツアーを作成してガイドを担ったり、地元の酪農家や漁業関係者と商品開発を行ったりしていきました」

すべては「三方五湖を好きになってもらう」ため

その後、子育て環境などを考えて、奥様の地元である福井県若狭町に移住。この地にもラムサール条約に登録されている「三方五湖」があり、キャリアを活かせるのはもちろん、「自らの自然観に合っていた」ことも移住の決め手のひとつになったという。

「北海道の壮大な自然も気に入っているのですが、若狭町の自然に出会って、僕の肌に合っているのは日本に根づく昔ながらの原風景だと気づきました。三方五湖には、貴重なかやぶき屋根の舟小屋があったりと、まるで昔話の世界のような風景が広がっていて、とても気に入っているんです。実は若狭町はカヤックのガイドとして働いていたときに住んでいた場所。北海道で働いていたときも、シーズンオフの長期休暇のときは、よく若狭に滞在していました」

移住後は、若狭町の地域おこし協力隊として3年間活動。地域の仲間と共に、2018年に一般社団法人Switch Switchを立ち上げ、食のプロデュース、グッズの開発、自然体験事業の構築、移住者希望者の支援など多岐に渡る事業を展開している。

「さまざまな取り組みを行っていますが、根本にあるのは『三方五湖エリアのファンを増やすために必要なことは何か』という視点。というのも、どんな人も何かを好きになったら、それを傷つけようとは思わないんですよね。だから『どうやったら三方五湖を好きになってもらえるか』ということばかり考えています」

阪野さんが展開する、三方五湖を好きになってもらうためのさまざまな事業。たとえば、地元漁師が行う伝統漁法・たたき網漁の体験もそのひとつだ。

「たたき網漁とは、水面を竹でたたいて水底のコイやフナを網に追い込む、江戸時代から400年以上続く伝統漁法。実は、この漁法ってとてもサスティナブルなんです。というのも、一網打尽に大量に捕まえる漁法と違い、獲りすぎることがありませんから。そうでもなければ、400年以上も続いていないと思うんです」

また、三方五湖エリアは、歴史的にも貴重な土地となっている。その歴史の奥深さを伝えることも阪野さんの取り組みのひとつだ。

「三方五湖のひとつ水月湖の湖底から、地形や地殻変動などのさまざまな条件が積み重なってできた、約7万年分の歴史を刻んでいる縞模様の地層『年縞』が発見されました。これは、考古学において年代測定にも使われる国際基準となっていて、これほどの年月と精度の年縞は、世界中でもこの地域にしか見つかっていません。しかも、この地域からは約1万年前の縄文遺跡が発掘されている。つまり、この風景の中で縄文人も暮らしていたということ。そんな歴史の奥深さを伝えることが、私の使命だと思っています」

堅苦しく歴史を物語るのではなく、三方五湖の美しい景色に浸りながら歴史を五感で味わってもらいたい……そんな想いから福井県年縞博物館併設のカフェを運営しているのも阪野さんらしい取り組み。

「cafe縞」と名付けられたこのお店は、三方五湖を見ながらこの地ならではの「年“縞”」に想いを馳せられる場となっている。

自然と人間が持続可能なかたちで交わるように

「三方五湖エリアは、とにかく景色がきれい。展望台から望む5つの湖はもちろん、日本海も心を打たれるし、朝日も、夕日も、星空も美しい。それに昔ながらの日本の原風景も残っている。そんなところがとても好きなんです」

そう話す阪野さん。この地域の風景を残したいという想いは強い。

「目の前に広がる風景は、長い時間をかけて形成された自然と、人間が積み重ねてきた営みが交わってきた歴史の産物とも言える。そう考えると、私の視界に入る風景のどれもが尊いと感じるし、大切にしたいという想いも湧いてきます。でも、自然と人間のバランスが崩れてしまうと、風景も損なわれてしまう。だからこそ、人と自然環境が持続可能なかたちで交わっていく里山・里海のあり方を見つめながら、実践していきたいと考えています」

「三方五湖の風景を未来に伝えていくために、人との繋がりが欠かせない」。そう阪野さんは話す。

「環境を壊さないように、でも、自分たちの生業も守れるように。みんなで考えて、話して、計画を立てて、実践する。そうやって資源の利用の仕方をつくっていくのが大切だと思います。三方五湖エリアでは、湖畔でキャンプサイトを運営したり、カヤックなどのガイドツアーを実施したりして、訪れた人にこの地域の価値を伝えていく人が増えてきました。そのような人たちやたたき網漁の漁師さんたちとともに、サスティナブルな伝統漁法を伝えていく意義や獲ったコイやフナの活用方法などを話し合い、体験コンテンツの運営や缶詰などの商品開発を行う動きも、今生まれています。

そうした事業をつくる傍らで、漁師さんたちとともに「いかに川や湖に魚がたくさんいて水が澄んでいた昔のような自然環境に戻せるか」という議論もたくさん重ねています。自然と人間がいい関係でいられるように、これからも三方五湖というエリアに向き合っていくつもりです」

自然と人間が紡ぎ出す、三方五湖の風景

三方五湖は、約7万年もの歴史を刻む「年縞」が見つかったり、約1万年前の縄文人の暮らしを伝える遺跡が発見されていたり、はたまた400年以上の時を超えて今もなお受け継がれている伝統漁法・たたき網漁もある。これらの歴史や文化を途絶えさせるわけにはいきません。その価値や魅力を伝えながら、次世代にも引き継いでいきたいと思います。

ライターの感想:
「たたき網漁は、サスティナブルな漁法だから400年以上も続いている」。その話が特に印象に残っています。ただ「伝統だから」と思考停止するのではなく、伝統として受け継がれてきた理由や価値を見出していく。その視点は、過去から未来へ繋ごうとする、さまざまな営みにも役に立つものなのかもしれないと感じました。