人と人との繋がりから紡ぐ、子どもたちが未来を描ける故郷
下地 周平
Shuhei Shimoji
八重山郡竹富町 [沖縄県]
下地 周平(しもじ・しゅうへい)
沖縄県八重山列島の西表島出身。中学校卒業と同時に島を離れ、石垣島の高校へ進学。その後2年間、本州で暮らした後に帰島。現在は、生まれ育った白浜集落で観光業や漁業を営みながら、「若手」として様々な地域活動にも尽力する。2021年からは「シラハマコイナ」の一員として、西表島の豊かな自然環境や集落の伝統文化を活かしたツアーを提供している。
沖縄県八重山列島の西表島出身。中学校卒業と同時に島を離れ、石垣島の高校へ進学。その後2年間、本州で暮らした後に帰島。現在は、生まれ育った白浜集落で観光業や漁業を営みながら、「若手」として様々な地域活動にも尽力する。2021年からは「シラハマコイナ」の一員として、西表島の豊かな自然環境や集落の伝統文化を活かしたツアーを提供している。
西表島の小さな白浜集落。子どもたちの憧れは都会のある内地へ
色鮮やかな模様が描かれた舟が、西表島の西側を流れる仲良川にゆっくりと漕ぎ出していく。「サバニ」という名のこの舟は、一昔前までは沖縄の海人たちが漁のために使っていたといわれる。観光客からなる漕ぎ手たちは「ヤコ」と呼ばれるオールを持ち、息を合わせながらサバニを上流へと進めていく。川の両岸には、日本最大のマングローブ林や、そこから続く雄大なジャングルも見渡せる。先頭で案内役を務めるのは、この島に生まれ育った下地周平さんだ。西表島の白浜集落を訪れる人々に、豊かな自然環境や伝統文化、地元の暮らしなどに触れてもらおうと活動する「シラハマコイナ」の一員である。
「サバニが出航する様子を、地元の子どもたちがよく見ているんですよ。嬉しそうな表情で手を振ってくれます」
西表島は沖縄県の八重山列島に位置し、大部分を亜熱帯特有の原生林が占めている。恵まれた自然環境のおかげで天然記念物の「イリオモテヤマネコ」や「カンムリワシ」なども生息し、2021年には生物多様性が評価され、奄美大島、徳之島、沖縄島北部とともに世界自然遺産に登録された。その島の南西部にあるのが、「シラハマコイナ」が活動する白浜集落。ここは人口120人程の小さな集落である。
「白浜集落の歴史は意外に浅く、100年くらいのものなんです。1917年に西表炭坑ができ、沖縄本島や石垣島、台湾などからも多くの人が移り住みました。そのときにつくられたのがこの集落です。戦後、炭坑が閉山してからは、製紙業のパルプ材となる木材の切り出しも盛んになり、西表島の産業の拠点だった時期もあったようです」
当時は各地からの移住者で賑わいを見せていたというが、時が経つにつれ産業も縮小、住民の生業は漁業や農業、観光へと変化していく。同時にその仕事の少なさは、若者の目を島の外へ向けた。
ここ白浜集落にあるのは小学校のみ。島の中学校を卒業すると故郷を離れ、石垣島にある高校へ進学するのが一般的だ。その後さらに進学や就職となると、沖縄本島や本州へと移り住み、西表島へ戻ることは稀だという。下地さん自身も、同じ道を辿った。
「石垣島の高校を卒業した後、内地で就職しました。私も含め、島で育った子どもたちは、都会への憧れもあり、一度は内地で暮らしたいと思うんです。ないものねだり、なのかもしれませんね」
数年ぶりに戻った故郷は、集落全体が一つの家族のようだった
だが、内地での仕事は思った以上に過酷だったという。たくさんの友人には恵まれたが、育った環境とのギャップに、次第に違和感を感じるようになったそうだ。
「このままだと、心も体も元気でいられなくなると思いました。島で育ちましたから、やっぱり大好きな海のそばで暮らしたいという想いがだんだんと強くなって、帰ることを決めたんです」
高校進学以来、数年ぶりに戻った下地さんを、集落に住む人たちは温かく受け入れ喜んでくれたそうだ。「集落に帰ったというより、家に帰ってきた」。懐かしい顔に迎えられ、地域全体がまるで一つの家族のように思え、ここに暮らす一人ひとりとの繋がりの強さを改めて感じたという。
一方、集落の人々は、その「若手」を放っておくはずがなかった。地元の青年会や公民館運営の担い手として次々に声がかかり、十数年たった今でもなお「若手」として数々の集まりで頼りにされている。
「これが意外に忙しくて、本当に大変なんですよ。ですが、島の人と関わる中で地域の実情も見えてきますし、学ぶことも多いんです。地域の担い手として育ててもらっているとも感じています」
現在、下地さんの本業はシュノーケリングやフィッシングなどのツアーを提供する観光業と漁業。それと並行して「シラハマコイナ」の活動を行っている。島で生活する中で、観光客や移住者が年々増加していることも実感するという。だが、都会と比較すると仕事の選択肢が圧倒的に少ない状況は変わらず、自らもそうだったように高校進学で島を離れ、そのままさらに遠くの土地で就職し白浜集落に戻らない若者も多い。当然、住民の多くが高齢者となり、このままでは人口減少が続くのは明らかだ。地域の活動に関われば関わるほど見えてくる状況に、なにか手を打たなければと焦りを感じていたという。
友人のような家族のような、人と人との繋がりを感じてほしい
「そんなとき、『シラハマコイナ』を発足しようという話が挙がったんです。一番の目的は、白浜集落で育った子どもたちが大人になったときに、ここで『暮らしたい』と思える環境をつくること。そのために、地元の資源を最大限に活かしたツアーを企画して、地域の活性化や、さらには新たな雇用の創出に繋げていこうと計画しています。また、サバニを使った集落伝統の『海神祭』を子どもたちへ継承していくことも、目的としています」
2021年の発足以降、「シラハマコイナ」の活動の中心となっているのは、白浜集落の豊かな自然環境や伝統文化、地元の暮らしにも触れられる体験ツアーの開催だ。下地さんのように白浜出身のメンバーや、地域おこし協力隊としてここに移り住んだメンバーなど5人が、それぞれの得意分野を活かしてツアーを率いている。大切にしていることは、観光客と「シラハマコイナ」のメンバーという垣根を超えて、白浜集落に訪れた一人ひとりとの繋がりを築くことだ。
「観光客に対しては、あまり気を使いすぎないようにしています。一般的な旅行をイメージしている方にとっては馴染みにくいかもしれませんが、そのほうがぐっと距離を縮めやすい。白浜集落の歴史や文化に触れつつ、ここでしかできない体験を通じて、友人のような、家族のような感覚を持ってもらえたら、また足を運びたいと思っていただけるかもしれません」
「シラハマコイナ」で提供しているツアーは、一般的なものとは一味違っている。集落奥地に続く仲良川でのサバニ体験や、ネイチャーガイドとともにマングローブ林に住む生き物を探すツアー、地元の人しか知らない秘密の道を抜けてめざす神社散策など、全てこの地域を知り尽くすメンバーと行動をともにする内容だ。会話しながら、笑い合いながら、ときには力を合わせることも必要なこれらのツアーは、非日常の体験を通して、人と人との濃い結びつきをもたらしている。
「その中でも、ゆんたく(おしゃべり)しながらBBQを楽しむプランは珍しいかもしれません。一緒に食事をしながらお酒を飲むと自然に会話も弾み、まるで顔馴染みのような感覚になります」
観光というより体験。旅行というより滞在。白浜集落や「シラハマコイナ」のメンバーとの深い繋がりをきっかけに、この場所を第二の故郷と捉える人は増えていくはずだ。
「地元のおじいやおばあは、若い連中がなにかやってるなと、今はまだ遠巻きに見ているようですが、私たちの活動を認めてもらえるように、白浜集落の今後を見据えた取り組みを地道に続けていきたいと思ってるんです。そしていずれは、集落全体を巻き込んで、ここに暮らす人と観光客とが繋がれるような活動へと広げていきたい。白浜集落という大家族の一員だと感じてもらえる、温かい輪ができればと願っています」
「シラハマコイナ」の活動がめざすものは、白浜集落で生まれ育った子どもたちが、この土地に自分たちの未来を描けるような環境を整えることだ。故郷を誇りに思う大人たちが、そのための礎をゆっくりと着実に築いていっている。
未来へ繋いでいきたいものは何か?
最後に、下地さんが未来に繋ぎたいものを聞いてみた。
“白浜集落が誕生したときに、移住者たちによって始められた「海神祭」です。まだ100年程の歴史の白浜集落ですが、この伝統を子どもたちに繋いでいきたい。そして祭りを通じて、故郷を愛する気持ちも育んでいきたい”
「シラハマコイナ」の活動の目的の一つでもある「海神祭」の継承。海人の航海安全と大漁豊漁祈願、住民の無病息災を願うこの祭りでは、ニライカナイの神に御神酒を供えたあと、サバニでのレースが開催され、大きな盛り上がりを見せる。かつて移住者の団結によりつくられた白浜集落が、なお一層結びつきを強める祭りだといえる。
「子どもたちが『海神祭』や『シラハマコイナ』の活動を間近で見ることで、白浜集落への郷土愛を感じてくれればと思っています。でも、私もそうだったように、一度は島を離れることも必要です。全く違う環境でいろんな経験を積むことで、生まれ育った故郷の良さが改めてわかるはず。その上で帰ってくる若者が増えれば、白浜集落の可能性も広がると思います。
まずは、大人の姿勢が大切なのかもしれません。私たちが白浜集落や西表島という故郷を愛する気持ちは、子どもたちにも必ず伝わると信じています」
下地さんもそうだったように、故郷のすばらしさは、離れてみて初めてわかるものなのかもしれない。また、「なにもない」と思っていた故郷の豊かさを、外から訪れた人に教えられることもあるだろう。だとすれば、「シラハマコイナ」の活動は、子どもたちの故郷を敬い愛する気持ちを間違いなく育てているといえる。集落で笑い語らい合う大人たちの姿は、きっと子どもたちの原風景にもなるだろう。