“過去”から“今”に伝えられてきた居合道のように。“今”から“未来”へ、まちへの愛着をつなげていきたい。

松永 哲典

Akinori Matsunaga

熊本市 [熊本県]

松永 哲典(まつなが・あきのり)
1982年熊本市生まれ。高校卒業後イタリアのレストランで働き、4年後に帰国。地元・熊本市で家業のテナントビル経営に携わる傍ら、宮本武蔵の剣術「二天一流」を継承する宗家18代目として居合道を教えている。また、中心街の活性化を目指す一般社団法人「マチノミライ」の代表理事として、子どもや若者、行政なども巻き込んだまちづくりを展開している。

戦国時代の武将・加藤清正が築いた熊本城。この城下に広がる熊本市では、郷土愛の強い住民の手によってその営みが受け継がれている。
このまちで、宮本武蔵の剣術「二天一流」を継承する宗家18代目として武士道の精神を伝えながら、地域を巻き込んだまちづくり活動を展開しているのが、一般社団法人「マチノミライ」代表理事の松永 哲典さんだ。居合道体験や、子ども向けのまちの魅力体験イベントなど、さまざまな活動をしている松永さんの地域への想いを聞いた。

イタリアから熊本へ。
異国の地で気づいた、地域に根ざす生き方。

「実は、若いときはイタリアで暮らしていたんです。」

そんな意外なエピソードを教えてくれた松永さん。地元・熊本市で生まれ育ち、学生時代はサッカーに熱中。高校卒業後は、「サッカーの本場の空気を吸ってみたい」と考えて、イタリアでレストランのウェイターとして働いていたという。

ただ、4年ほど経ったとき父親の知人でもあったオーナーから助言を受ける。

『きっと、いずれ日本に帰るときがやってくる。それならば、若いうちに日本の商習慣やカルチャーに慣れておいた方がいい』と言われて。確かにその通りだと思いました。また、私が宮本武蔵の『二天一流』を受け継ぐ家系の一員であることも気に掛けてくれていて、『誰しもがなれることではない。その伝統を学ぶのも素敵なことではないか』と提案してくれました。」

そして、22歳のときに日本へ帰国。イタリアでの4年間の生活を経て、地域に対する意識は自然と変わっていた。

「正直、イタリアに渡る前は、居合道についてまったく興味がなくて(笑)。サッカーだと動きもあるし、勝ち負けもある。わかりやすいし、おもしろいじゃないですか。だから、少し地味な印象を持っていたのは事実です。

でも、イタリアに渡って感じたのは、みんな自分のまちを大切にしているし、誇りに思っているということ。そうした人たちに触れる中で、いつの間にか私自身も『自分が生まれ育ったまちの歴史や文化に関わっていきたい』という想いが自然と芽生えていましたね。」

松永さん自身、この地に根づく剣術の伝統を引き継ぐ一族。地元に戻り、人々と関わる中で「地域や居合道に真剣に向き合わねば」という使命感は徐々に強くなっていく。

「地元に戻ってきたからといって、いきなり今のような活動をはじめたわけではありません。まずは父を通して、商店街をはじめ、まわりの人に私のことを紹介してもらったんです。そこで、年上の店主さんにもまるで息子のように気さくに接してもらったり、私と同世代の方にも出会ったりする中で、『この人たちと何かをつくっていきたい』という想いが強くなっていきました。」

その想いを胸に抱き、今では国内外から多くの人が訪れる居合道体験や仲間とのまちづくりの活動を続けている。

熊本は、地元愛が強い人たちのまち。
いつも何かが生まれようとしている。

松永さんが、根を張って暮らすまち・熊本。そこはどんな地域なのだろうか。

「私自身、正直まだわからないんですよ。一言ではなかなか言い表すことが難しい。ただ、熊本には自分のまちを好きな人が多いということは言えるかもしれません。2016年には熊本地震という大きな災害にも遭いました。でも、そんな大変な中でも、みんな一生懸命この街に根ざして、暮らしを営み、生きてきた。地元を愛する気持ちは、ずっと変わらずに引き継がれているのではないかなと思いますね。」

自分たちの地元を愛する。そんな人々が集う熊本は、ポジティブなエネルギーに満ちていて、新たな展開が生まれ続けるまちとなっている。

「たとえば、『まちを使ってこんな企画があったらおもしろいんじゃないか』『まちを使ってこんなことをしたい!』といった声が、あちこちから上がります。私一人で何かを企画するのではなく、商店街の店主から学生、行政の人たちなど、さまざまな人が関わりながら一緒に何かをつくっていく。実際にその方が可能性があると思うんですよね。この地域が『物事を起こしたいときに起こせるフィールド』となって、さまざまな活動が展開されていっているように感じます。」

“居合道のための”居合道ではなく、
“人として善く生きるための”居合道を伝えたい。

松永さんが、提供する居合道体験や企画・実行するさまざまなまちづくりの取り組み。その根底には、ひとつの想いがある。

「大切にしているのは継続性。これは、居合道もまちづくりも同じこと。たとえば、居合道の場合は、思想や技術が代々人の手によって受け継がれてきたからこそ今がある。それと同じで、まちづくりのイベントも、毎回テーマや企画が変わるかもしれないけれど、大切な想いが引き継がれて次の時代に残せたらいいなと思ってます。まちづくりの取り組みでは、イベントを開催することも多いんですが、一時的な盛り上がりで終わらないようにしたいんです。

たとえば、イベントでは子どもたちを対象にさまざまな企画を展開しています。高校生たちがまちの魅力を自分たち自身で調べて考えて小学生に伝えたり、IT企業と連携して地域で語り継がれてきた妖怪をXR技術を使って体験したり。幼い時にまちでの楽しい思い出ができれば、大人になってもまちで何かをしたいと感じてもらえるのではないかと思っています。」

「過去から今まで代々伝えられてきた居合道のように、今から未来に向けて地域への想いを伝えていきたい」と話す松永さん。この地域の中で未来に残したい景色を聞いてみた。

「熊本のランドマークにもなっているのが熊本城。400年以上前からこのまちを見つめてきた地域のシンボルとのつながりをしっかりつくって、このまちの記憶をより強く残していきたいと思いますね。だからこそ、当時熊本城で日々を過ごしていた武士の所作や精神を味わう、居合道のようなコンテンツは大切になってくるはずです。」

最後に、松永さんが居合道を通じて感じてもらいたいことを話してくれた。

「居合道は一見すると、『戦いのためのもの』『勝負の世界』と感じるかもしれません。でも、実際は相手を打ち負かしたり、勝ち負けをつけるためのものではなく、自分の精神を鍛錬するものなんです。『何か理想の動きと違う』と気づいたり、『どうしたら理想的な動きができるのだろう』と自分自身と対話したりしながら、所作を洗練させていく。その過程や考え方は、きっと日々の生活や仕事にも活かせるはずなんですよね。ここで学べるのは、『居合いのための居合い』ではなく『人としてより善く生きるための居合い』。その世界を味わってもらいたいなと思いますね。」