
地域とともに生きる獅子頭づくり伝統を守り、次世代に伝える工房の想い
知田清雲
Seiun Chida
白山市 [石川県]
知田清雲(ちだ・せいうん)
石川県白山市出身。1962年生まれ。家業である獅子頭工房の二代目として職人の道を歩む。高校卒業後、石川県内の彫刻師のもとで修行を積み、帰郷後に家業を継承。40年以上にわたり獅子頭専門の職人として活動している。桐材を用いた伝統的な獅子頭づくりを守りつつ、軽量化や耐久性向上といった改良も行い、地域文化の発展に尽力している。
石川県白山市に位置する「知田工房」。雄大な自然に囲まれたこの地で、加賀獅子頭の制作と修復を専門とし、70年以上にわたり伝統を守り続けている。緻密な技術で祭りを支える職人としての誇りや獅子頭に込められた想いについて、二代目職人の知田清雲さんに話を伺った。
石川県を中心に伝わる伝統工芸「加賀獅子頭」
石川県南部の白山市は、金沢駅から車で30分ほどの距離にあり、人口は金沢市に次いで2番目に多い約11万人。日本三名山の一つである白山連峰から日本海までの広大な地域を有する。市内には流れる手取川が豊かな扇状地を形成し、農業に適した肥沃な土地だ。この地域は製造業が盛んで、機械器具、自動車、繊維などの産業が発展している。
石川県では古くから「獅子舞」が盛んに行われ、その起源は1583年、初代加賀藩主・前田利家が金沢城に入城した際に民衆が祝いとして奉納した獅子舞にさかのぼる。以降、代々の藩主によって奨励され、加賀獅子舞は豪華絢爛な伝統芸能として発展を遂げた。
加賀獅子頭は、祭りの場で悪霊を払い、豊作や家内安全を祈願する守り神として重要な役割を果たしてきた。江戸時代には加賀藩の支援を受けた職人たちによって技術が磨かれ、その華麗さと力強さで知られるようになった。

加賀獅子頭の特徴は、桐材を使用し、金箔や漆で装飾された豪華なデザインを持つ点だ。そして、「八方睨み」と呼ばれるデザインが施され、どの方向から見ても目が睨んでいるように見える。この特徴は、魔除けの力を象徴し、地域の守り神としての役割を持つ加賀獅子頭の重要な要素となっている。さらに、加賀獅子頭には角があり、他地域では見られない特徴もある。雌雄の区別がつけられ、雄は捻じれた角があり、雌には角のないことがあります。
知田工房は初代の知田清雲さんが1954年に創業。知田さんは2022年に襲名して二代目知田清雲となった。「もともと親父は桐の箪笥や箱をつくる職人でした。獅子頭を入れる箱の注文を受けたときに、同じ桐で作るんだったら、獅子頭も作ってみたいということで始めたんです」と知田さんは語る。
知田さんが家業を継ぐのは自然な流れだったという。職人の道を歩むきっかけは、高校卒業時に父親から言われた一言だった。
「家にこもるのではなく、まずは他の職人のところで修行してこいと送り出されました。修行先では彫刻全般を学び、木彫りの基本を徹底的に叩き込まれました」
修行時代には、木彫りだけでなく、仏像や現代アートなど幅広い彫刻技術を学んだ。こうした経験が、後に伝統技法を活かしながらも現代的な改良を施す知田さんのスタイルに繋がっている。
「修行時代に学んだことが、今の製作に大いに役立っています。新しい発想や技術を取り入れる姿勢は、この工房でも常に大事にしています」
白山麓が育む、獅子頭づくりに欠かせない桐材
知田さんの工房では、主に桐を素材として使用している。その理由は、軽く加工しやすいという特性にある。
「獅子舞は頭を大きく振る動作が多いので、重い木材では祭りに支障が出るんです。桐は軽いのですが、木彫にはあまりてきさないんですが軽い事が一番大事かな。」
桐材は、石川県白山麓でも採れ、その軽さと加工のしやすさから、獅子頭づくりに最適。この地域はかつて桐を使う職人が多く、下駄やタンスなど、桐を使った製品を作る職人たちが林業とともに生活を支えていたという。しかし現在では、桐を扱う職人はほとんど姿を消し、白山麓の桐材も過去ほど手に入らなくなっている。
「昔は下駄屋さんとか桐箱屋さんとか、桐を使う職人さんがたくさんいました。でも今は箪笥屋さんが一軒と知田工房だけになっています」と、知田さんは地域の変化を語る。
さらに、桐材の供給は年々減少している。伐採や加工に関わる人材が減ったことも要因だ。
「昔は、娘が生まれると桐を植え、お嫁に行く頃に伐採して箪笥を作る文化がありましたが、今では桐を植える人はほとんどいないです。材木業者に依頼して少しずつ確保している状態です」
しかし、桐材を確保するだけでも簡単ではない。特に獅子頭づくりに適した木材を見つけるには多大な労力が必要であり、その過程はまさに素材探しから始まる。
「顔がみんな違うので、一本の丸太から取れる部分が限られるんです。本当に太い木を探しても、全部を使えるわけではありません。森に入って倒すべき木を見極める作業も大変なんですよ」と知田さんは語る。
さらに、木材を乾燥させるにも時間がかかる。適切な状態にするには数年単位の管理が必要だが、桐材が乾燥しすぎると彫りにくくなるため、タイミングを見極める技術も求められるという。
「使わないまま放置して乾かしてしまうと、桐材は荒彫が出来なくなるんです。そんな中で良質な桐を確保し続けるのは本当に難しいですね」と知田さんは木材選びの苦労を明かす。
桐材の産地としての白山麓の名残とともに、知田さんの工房ではその伝統を守りつつ、獅子頭づくりに最適な素材を活かし続けている。桐材を巡る知田さんの努力は、職人としての熱意と、獅子頭づくりへの強い責任感を物語っている。
1年がかりの製作工程

1体の獅子頭を完成させるには、約1年の時間がかかる。その理由は、製作が複数の専門職人の手によって進められる分業制で行われ、工程が非常に細分化されているためだ。
「彫刻が終わると、次は漆塗りや金属補強など、それぞれの職人の手を経て完成します。地元の祭りに間に合わせるため、スケジュール管理がとても難しいです」と知田さんは語る。彫刻を施した木材を漆塗り職人に渡し、その後、金属部品で補強を行う工程を経るが、各工程に時間と技術を要するため、職人間でのスムーズな連携が欠かせない。
また、製作工程の中で特に難しいとされるのが、「目の睨み」を表現する作業だという。「子どもを泣かせるような怖い顔を作らなきゃいけないと親父に教えられましたが、これが一番難しいですね」と知田さんは語る。獅子頭の目には魔除けとしての力強さと威厳が求められるため、細やかな技術と豊かな表現力が試される。完成度の高い「睨み」を作り上げることが、獅子頭の生命力を宿す上で重要な鍵となる。
さらに、伝統的な彫刻技法を忠実に再現しながらも、祭りの使用に耐える軽さや丈夫さを追求するため、知田さんは新しい技術も取り入れている。
「軽い方が獅子舞の動きがスムーズになりますし、丈夫でないと何十年も使い続けられません。その両立を意識しながら作っています」と知田さんは説明する。
また、従来の手法を守りつつ、現代的な補強材や耐久性を高める塗料などを活用し、実用性の向上にも努めている。特に重量を軽減するために桐材の削り方を工夫したり、弱点となりやすい部位を金属で補強したりすることで、実際の使用環境に耐えられる仕上がりを目指している。
製作中は、依頼主と定期的に確認を行い、途中段階で完成イメージを共有することも重要な工程の一つだ。「昔の獅子頭とよく似ている、でも軽くて丈夫になったと言ってもらえるのが何よりうれしいですね」と、知田さんはやりがいを語る。

こうした丹念な工程を経て完成した獅子頭は、地域の祭りを彩るだけでなく、長い年月を経てもなお人々の信仰と愛着を支える存在となる。その製作過程には、職人たちの伝統を守る情熱と、次世代に繋げる使命感が込められている。
長年受け継がれる獅子頭の修復
知田工房では、新規の獅子頭制作だけでなく、古い獅子頭の修復も手がけている。その修復作業には、歴史を守るという大きな責任と技術が求められる。修復を依頼される獅子頭の中には、江戸時代に作られたものも多いという。
「ここにある大きい獅子頭は江戸時代の200年以上前のもの。古いものはもちろん、他の地域の獅子頭もお預かりして直します。獅子頭専門に修復する職人はあまりいないですからね」と知田さんは語る。
古い獅子頭は地域の歴史そのものであり、長い年月を経た結果、傷みや欠損が避けられない。知田さんは、依頼主と相談しながら、可能な限り当時の姿を再現する形で修復作業を進めている。
修復作業には、単に見た目を直すだけではなく、強度やバランスを整える工夫も必要だ。特に古い獅子頭の場合、修復後も祭りで使用されることが多いため、耐久性を高める金属補強や漆の再塗装などが施される。また、依頼主から「軽くしてほしい」という要望があれば、強度を維持しつつ軽量化する技術も求められる。
「江戸時代に作られた獅子頭も現役で、祭りで使われることがあるんです。そうなると耐久性や補強がすごく大事なんです」と知田さんは言う。
地域ごとにデザインや装飾が異なるため、修復には各地の文化や技法への理解も欠かせない。一部の地域では、特殊な素材や技法が使われており、それらを再現することが難しい場合もあるという。
「地域ごとに獅子頭もいろいろで、鳥の羽が貼ってあったりすると直すのが難しいので、修復を断ることもあります。」
こうした修復作業を通じて、知田さんは長年地域で受け継がれてきた伝統と信仰を次世代に繋いでいる。修復を終えた獅子頭が再び祭りの場で輝く姿を見ることは、職人としての喜びの一つだ。
子どもたちに伝える伝統の魅力

地元の小学校では授業の一環として獅子頭について調べる学習が行われており、その際には知田さんの工房を訪れることもある。
「獅子頭を実際に手に取ってもらい、どのように作られているかを説明することで興味を持ってもらえます。若い世代に伝統の大切さを知ってもらうことが重要です」
工房では、見学に訪れる子どもたちが、実際に獅子頭を持ってみたり、細部を間近で観察したりすることで、伝統工芸の技術に触れる機会を設けている。
「子どもたちに獅子頭を持たせて、『これがどんな役割を持つのか』を説明します。初めて間近で見る獅子頭に驚いたり、興味を持ったりしてくれる姿を見ると、とてもうれしいですね」と知田さんは笑顔で語る。
「小学生や中学生が学習活動で訪ねてきます。そのたびに、獅子頭が地域の祭りや伝統にどれほど重要なものかを教えています。特に中学生が来たときは、彼らにとっても大切な地域文化だと理解してもらえるよう努めています」
工房では、伝統を支える次世代の育成にも力を入れている。知田さんの工房には息子や弟子がおり、親子二代にわたる継承が進んでいる。
「息子や弟子がこの仕事を続けてくれることが、私にとって一番の励みです」
工房では、息子や弟子とともに、より現代的なデザインや新たな商品の開発にも挑戦している。こうした取り組みは、伝統を守りながらも未来に向けて進化する姿勢を象徴している。
地域の子どもたちへの説明や工房内での体験を通じて、知田さんは次世代に伝統をつなぐ大切さを日々感じながら活動している。
未来へ繋いでいきたいものは何か?
知田さんは、獅子頭が地域の守り神として人々に愛されてきた伝統を大切にしつつ、新しい価値を加えることで未来へとつなげたいと考えている。

「お祭りの獅子頭はどうしても長年使っているうちに壊れてしまいます。最近では祭り自体がなくなってしまう地域もあります。それでも、伝統を途絶えさせることなく続けていくことが大事だと思います。そのために、息子や弟子に技術や知識をしっかり教えながら、地域の祭りを応援したいなと思います。」と知田さんは語る。
祭りや伝統が途絶えてしまう地域がある中で、獅子頭を作る職人としてその文化を支え続けることは、知田さんにとって重要な使命だ。
また、獅子頭づくりの技術を次世代に受け継いでいくことも欠かせない課題だという。
「子どもたちに獅子舞を教える授業や指導をしていると、少しでもこの400年続いた伝統を次の世代に残していかないといけないなと思います。若い頃はそんなことを考えてなかったんだけど、歳を重ねると、これを息子と弟子に受け継いでいくことが僕の仕事なんやろなと思うようになりました。」と知田さんは話す。
地域の文化とともに歩んできた獅子頭づくりを絶やすことなく、次世代へとつなげること。そのためには、これまで受け継がれてきた技術や精神を大切に守り、地道に伝統を継承していくことが何よりも重要だ。知田さんの真摯な取り組みは、地域の信仰や誇りを未来へとつなぐ確かな礎となっている。