江戸時代の町並みがそのまま残る港町。世界的にも珍しいこのまちの価値を残したい

村上 泰弘

Yasuhiro Murakami

鞆の浦 [広島県]

村上 泰弘(むらかみ・やすひろ)
広島県福山市出身。大学卒業後、テレビ制作プロダクションに就職。釣り番組などを担当しながら、趣味でカヤックをはじめた。40歳を機に退職、2000年にシーカヤック体験を提供するツアー会社「SETOUCHI Seakayak Adventures 村上水軍商会」を立ち上げる。以後、故郷鞆の浦に根ざしたツアーを提供している。

瀬戸内海の中央に位置し古くから汐待ちの港として栄え、江戸時代の港町の面影を今に残す鞆の浦。ここでシーカヤック体験を手掛けているのが「村上水軍商会」代表・村上泰弘さんだ。海を愛する村上さんが、鞆の浦にどのような可能性を見出しているのか、そして、鞆の浦でなぜシーカヤックを生業としているのか、その背景を聞いた。

テレビディレクターから海のガイドへ。

「もともと家は地元福山市の漁師の家系で、子供のころから家にあった手漕ぎの木造船が遊び道具。当時から、海を見渡せる景色が好きでした。」

そう話す村上泰弘さん。故郷を出てテレビ制作プロダクションに就職し、忙しく働く中にあっても、鞆の浦の美しさを忘れることはなかった。

「ちょうど釣り番組も担当していたので、日本各地の海に取材に行きました。もちろんそれぞれの海に魅力はあるんですが、仕事の合間を見て鞆の浦に帰ってくると、やっぱりきれいだなと思うんですよね。そのたび『いつかは鞆の浦に関わる仕事がしたい』と考えていました」

公私ともに海をフィールドに活動していた村上さん。特にのめり込んでいたのがカヤックだった。

「もともと趣味ではじめたカヤックですが、かれこれ35年以上乗っていますね。海面から眺める風景が、普段味わえないものだから新鮮なんですよ」

室町時代から海上交通の要衝として栄えた鞆の浦は、海からアプローチすることを前提に形成されている。ずっと眺めてきたカヤックからの風景に、自分がこれから進む道のヒントがあることに、村上さんは気づいた。

「カヤックから眺める鞆の浦は、海を愛した古の人々の目線を追体験することと同じ。歴史ある港町としての鞆の浦の魅力を伝えるには、これしかないと思ったんです」

そして、38歳まで勤めていたテレビ制作プロダクションを退職。2000年にシーカヤック体験を提供するツアー会社「村上水軍商会」を立ち上げた。

積み重ねられた“過去”の歴史も、日々紡がれる“今”の営みも伝えたい。

瀬戸内海の中央に位置する鞆の浦。数ある港町の中でも、このまちの風景はどこかノスタルジーを感じさせる。

「鞆の浦には、江戸時代につくられた300年以上前の港町の風景がそのまま残っている。たとえば、当時の港湾施設にあった雁木(がんぎ)、防波堤、常夜燈、船番所、焚場(たでば)と呼ばれる5つの設備が、すべて保存されている港は鞆の浦だけ。実際に、シーカヤックツアーでも設備の一部を使っています」

漁船が停泊している様子はもちろん、昔ながらの町家、細い路地なども趣深い。坂本龍馬もとある用事で滞在中、鞆の浦を歩いていたと言われている。また、近年では、ほかにはない鞆の浦のロケーションを求めて、スタジオジブリが制作した人気映画「崖の上のポニョ」の舞台になったり、ハリウッド映画のロケ地として使われているという。

村上さんのツアーは、積み重ねられた“過去”の鞆の浦だけでなく、“今”の鞆の浦にも触れてもらうことが特徴だ。

「ツアーでは、店舗がある鞆の浦商店街の人たちと話したり、知り合いの漁師さんの養殖場を訪れて生海苔を味見させてもらったり、立ち寄った市場の食堂で地元の人と一緒にご飯を食べたりすることもあります。この鞆の浦で、いろいろな人と関わり合いながら生きている僕だからこそ提供できる出会いでもあると思うので」

“世界遺産級”の価値を持つ鞆の浦を、後世に伝えていきたい。

古い遺構が数多く見られる歴史ある町並みが手つかずのまま残り、今もなお人の営みが息づいている。そんな港町は、世界的に見ても珍しい。実際に、世界遺産の登録や保護などを行う国際記念物遺跡会議「ICOMOS」も注目しており、「イタリアのベニスのように、まちごと文化遺産として保存する価値がある」と評価されている。

「『ICOMOS』からは、『手を挙げさえすれば承認されるだろう』とも言われていますが、世界遺産になってしまうと、ただでさえ人手が少ない中で厳しい基準を守り続けていくのが負担になってしまったり、人が押し寄せてきてしまったときに今の生活文化を維持するのが難しいのではないかという懸念の声もある。そうした葛藤はありますが、とにかく世界遺産に値する町並みが鞆の浦にはあるということ。この価値を後世に伝える使命はあると思っています」

かつて海上交通の要衝として栄えた鞆の浦も、現在は担い手不足という問題に直面している。そんな中でも、鞆の浦の魅力を、価値を、目の前の人に伝え続けることが、自分のできることだと村上さんは話す。

「鞆の浦の漁師の人数もどんどん減ってきています。シーカヤックを通じて、海の魅力、鞆の浦の魅力を伝え続けることができたらと思いますね。それは、鞆の浦の外から訪れる観光客だけに限りません。鞆の浦の中にいる地域の子どもたちにもカヤックを漕いでもらって、地元の魅力を再発見してもらえたらと思っているんです」

風が頬を撫で、波や船舶の音が体に響く。水の飛沫が顔にかかり、潮の香りが鼻をくすぐる……水に限りなく近い距離で、エンジンのない静かなカヤックで漕ぐと、人間に本来備わっている、原始の感覚が呼び覚まされるという村上さん。シーカヤックを通じて、この地の風景と記憶をつないでいく。

この地域でつなげたいもの:300年以上前の人が味わっていた感覚をシーカヤックで。

シーカヤックを漕いでいるときに全身に浴びる感覚、そして目に映る風景。それは、きっとずっと300年以上前の人たちと同じものです。シーカヤック体験を通じて、この地で紡がれ続けてきた記憶をつないでいきたいと思います。

ライターの感想:
どこかノスタルジーを感じさせる港町の風景が、私は好きです。とりわけこの鞆の浦は、江戸時代の町並みがほぼ手つかずで残っているだけあって、強く心に刻まれました。さらには、商店街の人々の和気あいあいとした営みにも触れられる。“過去”と“今”が同居する鞆の浦は、また訪れたい場所になりました。