焼物の未来のカタチ──足元にみつけた「宝物」で繋いでいく新たな価値

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渡部未来

Mirai Watanabe

会津 [福島県]

渡部未来(わたなべ・みらい)
会津若松市出身。地域おこし協力隊員として会津美里町に赴任。本郷焼のPR活動などを経て、協力隊3年目に本郷焼のかけら「じゃらんかけ」を使用したアクセサリーブランドTESORO.accessoryを立ち上げる。会津美里町内のシェアスペース「COBACO~コバコ~」内に店舗を持つ。

400年の歴史ある焼き物の里・本郷。街を歩けばそこここに落ちている焼き物の破片。これに目を付けたのが、地域おこしのために町にきていた渡部未来さんだ。町で起業し、卒隊後も本郷に残ることを選んだ彼女が語る本郷焼の魅力とは何か。詳しくお話を伺った。

誰も気づかなかった「じゃらんかけ」の輝き

会津本郷のメインストリートにあるシェアスペース「COBACO」。 その扉を開けると、コーヒーの香りと共に、穏やかな時間が流れていた。 和ダンスを利用したのだろうか、渋みのある木の棚に、キラキラと輝く小さなアクセサリーが映える。 近づいてよく見ると、一つとして同じ形はない。 三角、四角、あるいは歪な多角形。 その断面を縁取る金銀のラインが、静かに、しかし力強く主張している。

「今日はちょっと数が少なくて。奥で新しいものも作っているんですよ。」 迎えてくれたのは、「TESORO.accessory(テソロ・アクセサリー)」の代表、渡部未来さん。 耳元で揺れる大ぶりのピアスが、彼女の笑顔に合わせて光を放つ。 TESOROとは、イタリア語やスペイン語で「宝物」を意味する言葉だ。 しかし、その素材となるのは、誰からも見向きもされず、打ち捨てられていた焼き物のカケラだった。

会津本郷の町を歩くと、ふとした場所に小さな焼き物のカケラが落ちていることに気づく。 土の上、砂利の隙間、水路の中。 それはかつてこの地で焼かれ、使われ、割れてしまった会津本郷焼の一部だ。地元の人々は、それを親しみを込めて、あるいはただの瓦礫として「じゃらんかけ」と呼ぶ。

渡部さんが会津本郷焼と出会ったのは、地域おこし協力隊として会津美里町へ来たことがきっかけだった。 ミッションは、本郷焼の情報発信やPR。しかし、彼女が最初に感じたのは、強烈な危機感だった。 「若い人がいないんです。ご年配の方は来てくださるけど、私と同世代やもっと下の世代が、ほとんど歩いていない。」

どうすれば若い人に来てもらえるのか。どうすれば「伝統工芸」という少し敷居の高い世界に興味を持ってもらえるのか。 悩みながら町を歩いていたある日、彼女は足元に落ちているカケラに目を留めた。 拾い上げて、泥を拭ってみる。 そこには、鮮やかな釉薬の色、繊細な絵付けの跡、そして割れた断面の土の質感があった。

「こんなに綺麗なのに、誰も気づいていないなんてもったいない!」 それはまるで宝探しだった。 「あ、ここにもあった!」「こっちの色も可愛い!」 夢中になってカケラを拾い集めた。色とりどり、大小さまざまのじゃらんかけは、町のあらゆる場所に落ちている焼物の里の証だ。いつの時代、どの窯が作ったのかももはや知る由もないカケラたちは、かえってこちらの想像力を掻き立ててくる。地元の人々にとっては、捨てられた器の跡、言ってしまえば廃棄物。 けれど彼女にとっては、それらは紛れもない「TESORO(宝物)」だったのだ。

「最初は、レジンで固めてチャームにするワークショップから始めたんです。」 自分が陶芸家になるわけではない。すでにあるものを活かして、何か新しい価値を作れないか。 そんな試行錯誤の中で出会ったのが、「金継ぎ(きんつぎ)」という技法だった。 割れた器を漆で継ぎ、金粉で装飾して修復する日本の伝統技法。 「これだ、と思いました。このカケラたちを金継ぎで繋ぎ合わせて、アクセサリーにすればいいんじゃないかって。」

会津塗の職人に相談し、職業訓練校で研修を受け、技術を学んだ。 そうして生まれたのが、TESOROのアクセサリーだ。 制作プロセスは非常に直感的。 机の上に、拾ってきたかけらたちを広げる。 「この形とこの形、合うかな?」「この色とこの色を隣に置いたらどうだろう?」 まるでパズルを合わせるように、感覚だけで組み合わせていく。

時には、カケラをさらに割ることもある。 使うのは「タイルカッター」だ。 「ここをこう割ろう、とか計算はしないんです。何も考えずにパキンと割る。その時にたまたま生まれた形を活かします」 と彼女は笑う。 「特にこうしなきゃいけない、という決まりを作りたくないんです。」 作り手の作為よりも、カケラそのものが持つ偶然性や歴史を尊重する。 だからこそ、TESOROのアクセサリーには、気取らない自然な美しさが宿るのだ。

華やかな活躍の裏にある「等身大の葛藤」

地域おこし協力隊の3年目にブランドを立ち上げ、起業。 そのストーリーは、地方創生の成功事例としてメディアに注目された。 新聞、テレビ、雑誌。県外のイベントへの出展。そしてフランス・パリで開催された「ジャパンエキスポ」への参加。 華々しい活躍を見て、周囲は彼女を称賛した。 「すごいね」「キラキラしてるね」「順風満帆だね」。

しかし、渡部さん本人は、その評価に戸惑いを隠さない。 「全然、キラキラなんてしていないんです。一人でものづくりをして、自分で売るところまでやる。それは孤独だし、不安だらけで。」 毎月の売上のこと、作家として成長し続けなければならないプレッシャー、変化することへの恐怖。 「私なんて、たまたまタイミングや出会いに恵まれただけ。私ができたんだから、誰でもできるよって思うくらいです。」

彼女は弱音を隠さない。 「どの作家さんもそうだと思いますけど、ちゃんと悩むし、ちゃんともがいているんです。」 その言葉には、作り込まれた「成功者」の仮面はない。 あるのは、一人の女性が、自分の足で立ち、生きていこうとするリアルな息遣いだ。 

そんな葛藤の中で、彼女にとって大きな支えとなっている存在がいる。 それは、同じ会津本郷焼の作り手たちだ。 

「窯元の職人さんと話していると、背筋がピンと伸びるんです。作家としてというより、人としての在り方が本当にかっこよくて。」 常に変化を恐れず、高みを目指し続ける職人たちの姿勢。そして時折見せるお茶目な一面。 「こんなにかっこいい大人たちが近くにいるなんて、幸せだなって思います。」

かつては「取材する側」だった協力隊の彼女が、今は「作り手」として、彼らと同じ地平に立っている。 職人たちもまた、彼女を単なる「広報担当」ではなく、一人の「仲間」として認めているのだろう。 彼女がカケラを拾い、磨き上げ、世に出したことで、本郷焼という産地に新しい光が当たったことを、誰よりも彼らが知っているからだ。

海を越える「金継ぎ(KINTSUGI)」

TESOROの可能性は、国内に留まらない。 フランスのジャパンエキスポに出展した際、彼女は驚くべき光景を目にした。 「『KINTSUGI(金継ぎ)』という言葉が、当たり前に通じるんです。」 現地の来場者たちは、割れたものを直して大切に使うという日本の精神性に深い関心を寄せていた。

さらに面白かったのは、好みの違いだ。 「日本では、さりげない金継ぎが好まれますが、海外では大胆な金継ぎが人気なんです。」 大きく割れた跡を、太い金のラインで堂々と見せる。 それは、まさにTESOROのデザインそのものだった。 「海外展開も視野に入れていきたいですね。そして、ものづくりの楽しさを伝えるワークショップも、もっと色々な場所でやっていきたい。」 彼女の視線は、既に次のステージを見据えている。

未来へ繋いでいきたいものは何か?

「どんな時に身につけてほしいですか?」 その問いに、彼女はこう答えた。 「普段から身につけてほしいです。ふと鏡を見た時に、テンションを上げてくれる相棒であってほしい。」

特別なパーティーの日だけじゃない。Tシャツにジーンズというラフな格好の日にも。 耳元で揺れるカケラが、ふと目に入る。 「あ、今日私、なんかいい感じかも。」 そう思える瞬間を届けたい。

素材となっているのは、かつて誰かの生活の中にあった器のカケラだ。 100年前の誰かが使っていた茶碗かもしれない。あるいは、窯出しの失敗作として割られた皿かもしれない。 一度は役目を終え、土に還りかけていたモノたちが、彼女の手によって再び輝きを取り戻し、今度は誰かの「自信」や「笑顔」の一部となる。

渡部さんが未来へ繋いでいきたいものは、本郷焼の歴史と、町や人に息づいている、自身を惹きつけてやまない魅力だ。

「本郷焼に詳しくなくてもいいんです。ふらっと来て、窯元を回って、出来たらぜひ、職人さんたちと話してみてほしいです。」 彼女は言う。 歩きながら足元を見れば思いがけない宝物があるように、興味を持って飛び込んでいけば、見えなかった魅力見えてくる。本郷焼の価値は、器だけでなく、街に、人に、息づいているのだ。

COBACOを出て、本郷の町を歩く。 先ほどまではただの砂利道に見えていた地面が、違って見えた。 あ、ここにも青いカケラがある。こっちには白い磁器のカケラが。 まるで町全体が宝石箱になったような、自分もその一部になったような錯覚だった。

渡部さんが見つけたのは、単なる焼き物の破片ではない。 見過ごされていた価値に光を当て、物語を紡ぎ直すという、この町の新しい「希望」そのものだったのだ。