
暮らしを心地よくする輪島塗の力──輪島キリモトが描く未来
桐本順子
Junko Kirimoto
輪島市 [石川県]
桐本順子(きりもと・じゅんこ)
大阪府出身。都会での暮らしから一転、結婚を機に石川県輪島市へ移住。輪島キリモトでは、工房の運営全般を担いながら、漆器の魅力を伝える活動にも力を入れている。日々の仕事では経理や総務を担当する一方、輪島塗の良さを知ってもらうためのアイデアを模索している。
石川県輪島市に工房を構える「輪島キリモト」。200年以上続く輪島塗の伝統を守りつつ、新しい価値を生み出してきた工房だ。その作品は国内外で多くの人を惹きつけ、「漆器の力で人々の暮らしを心地よくしたい」という温かな思いが込められている。デザイナーの桐本泰一さんと、工房を支える桐本順子さんが中心となり、震災や水害という試練を乗り越え、新たな挑戦を続けている。
歴史と変革の背景

石川県輪島市は、金沢駅から車で2時間ほどの能登半島の北部にあり、日本海に面した豊かな自然と文化が調和する人口1万8,000人ほどのまち。
江戸時代以降に発展した伝統工芸・輪島塗が日本を代表する産業として知られ、漁業や観光業も地域経済を支えている。日本海の荒波が作り出す雄大な海岸線や、田んぼが階段状に連なる棚田などの美しい景観が広がる一方で、少子高齢化や人口減少といった課題にも直面しており、輪島塗の継承や地域資源を活用した観光振興が重要なテーマとなっている。
輪島塗は約600年以上の歴史を持つ伝統工芸で、輪島市を代表する産業だ。その中でも「輪島キリモト」は、分業制が基本の輪島塗において木地屋としての仕事も大切に続けながら、一貫生産という独自の道を切り開いた工房である。
「木地屋は注文通りの形を作るのが仕事なのですが、代表の桐本泰一はプロダクトデザイナーでもあり、デザインから提案したいという思いがありました。時代に合わせた新しい形を作ることで、輪島塗の可能性を広げたいと考えていたんです」と語る。
この変革は、バブル崩壊後の業界全体の苦境と重なる。輪島塗の需要は急激に減少し、令和6年の生産額はピーク時の約10分の1にまで縮小した。「一貫生産にも挑戦しなければ生き残ることは難しかったと思います。それが結果的に工房を持続させる道となりました」と振り返る。
自然災害がもたらした試練

2024年の地震と水害は、輪島キリモトにとっても大きな試練となった。工房は奇跡的に被害を免れたが、自宅は全壊するなど、生活そのものが深刻な影響を受けた。
「工房が残っていたのは本当に幸運でした。外から見ると普通に見えるかもしれませんが、自宅が全壊しているので、今は工房に住んでいます。お風呂もなく、水が出るかどうかも不安定な状態です」。表面的には見えない深刻な生活の困難が伝わってくる。
「漆器組合もスタッフ全員が被災しているので動けない状態です。でも、輪島塗の産地全体が生き残るためには、地域のつながりを活かして新しい形を模索しないといけないと感じています」。こうした状況にもかかわらず、順子さんは地域全体の復興にも目を向けている。
「使う人が心地よく暮らす」ためのものづくり
輪島キリモトの製品には、「使う人が心地よく暮らせること」を大切にした哲学がある。
「代表は店頭に立ち、直接お客様の声を聞くのを大事にしています。『金属のスプーンが使えない』『日常的に使えるデザインが欲しい』という声を聞いて、独自の技法を開発しました。その結果、スプーンやフォークにも対応できる漆器を作り出すことができました」
輪島キリモトの製品は、使い手の声を丁寧に拾い上げることで進化を遂げてきた。伝統を守りつつも、現代のライフスタイルに調和する形を模索し、実現する姿勢が多くの人々を惹きつけている。
「漆の水分量は人間の肌と同じくらいで、触ると握手しているような心地よさがあります。器を手にした時の感触が、日常生活を豊かにしてくれると実感しています」
漆の持つ独特の質感と機能性は、単なる道具としてだけでなく、心地よさも愛されている理由だ。
さらに、災害時にも漆器が役立ったと語る。
「震災後、水がなかった時も漆器に頼ることができました。漆には抗菌滅菌作用があるので、こういう時にも安心できる素材だと改めて感じました」
海外からの反響と広がる輪島塗の可能性

輪島キリモトの製品は海外からも高く評価されている。特に、現地で製品を実際に手に取ったり、使ってみたりすることで、その魅力を感じる外国人が多いという。
「海外のお客様は、まず日本の伝統工芸そのものに対して非常に強いリスペクトを持っています。私たちの漆器も、見たことがない素材だと驚かれる方が多いです。特に、熱いものを入れても器自体が熱くならないことや、触り心地の良さをとても興味深く感じてもらえます」と、順子さんは話す。
オンラインで購入するケースもあるが、実際に工房を訪れて製品を見て購入する人が多いという。順子さんは、海外のお客様が漆器に込められた価値をしっかり理解しようとする姿勢に感心するという。
「価格についても、なぜここまでの値段になるのかという背景を説明すると納得していただけます。それだけ日本の工芸品が持つ価値に興味を持っている人が多いんですね」
また、コロナ禍以前は工房を訪れる海外からの観光客も増えていたが、現在は状況が変化している。それでも、順子さんは海外展開の可能性を信じている。
「英語での説明や対応も少しずつ準備しています。今年はまだ難しいですが、いずれ海外向けの販売やプロモーションにも力を入れていきたいと思っています」
漆器が生む人々とのつながり

輪島キリモトの製品は、単なる食器としての役割を超え、使う人の生活や心に深い影響を与える力を持っている。順子さんは、漆器を通じて生まれた人々とのつながりについて、いくつかの心に残るエピソードを語ってくれた。
「あるおじいちゃんの話なんですが、もう食欲がなくなっていて、ほとんど食事を摂れていない状態だったそうです。でも、うちのスプーンを使い始め『このスプーンを使いたいからお粥を食べる』と言ったそうで、そこから少しずつ食べられるようになったそうです」。
また、別のエピソードも印象的だ。「病院食がどうしても食べられなかった方が、うちの器にその料理を移し替えただけで食べられるようになったそうです。同じ料理なのに器が変わるだけで手が伸びるなんて、本当に驚きました」
さらにその方は、漆器を使った食事をきっかけに体力を取り戻し、手術が可能な状態にまで回復。その後、無事に手術を終えた後、「今は母と旅行を楽しめるまで元気になりました」との報告をもらった。
「漆器が持つ力は、ただ人の生活を豊かにするだけではありません。それがきっかけで食が楽しくなり命を救うことだってある。そんなエピソードを知ると、この仕事を続けてきて本当に良かったと思えます」。順子さんはものづくりの意義を改めて実感している。
後継者問題と未来への展望
「後継者の問題も大切ですが、輪島塗の産地全体が存続しなければ意味がないので、どうやって地域全体を支える形をつくるかが課題です。息子たちとも意見を交わしながら、模索を続けています」
産地全体の未来を見据えた活動の重要性は、震災の影響も大きい。輪島塗の工房の多くが被害を受け、事業の継続が難しい状況に直面している中、地域全体で連携して復興に向かう道を探らなければならないと感じている。
「輪島塗は、日常に使う道具としてもっと多くの人に知ってもらえる可能性があります。若い世代や海外の人にも魅力を伝えるために、地域の良さを世界に発信していくことが欠かせないと思います」
地域の若い世代や新しい観光客とのつながりを強化することも重要だと順子さんは考えている。現在は体験プログラムの実施が難しい状況だが、少人数で漆器を使った食事の体験や気楽に使えることが体感できるワークショップなどの計画も構想段階にあるそうだ。こうした活動が観光振興と地域の活性化につながることを期待している。
未来へ繋いでいきたいものは何か?
最後に順子さんはこう語った。

「輪島塗の力で、一人でも多くの人を心地よく、豊かにしたい。そうした思いが、やがて国を、そして世界を良くすることにつながると思っています。それが私たちのものづくりの原動力です」
その言葉には、単なる器づくりにとどまらない、輪島塗への深い愛情と強い信念が感じられる。輪島塗は、生活の中で人々の心を豊かにし、癒しや安らぎをもたらす力を持つ。それはただの道具ではなく、人と人、さらには地域や文化をつなぐ架け橋のような存在だ。
「震災を経験して、器がこれほどにも人を支える力を持つものかと気づきました。人を元気にするきっかけになったり、地域を見つめ直すきっかけになったりする。それが輪島塗の持つ可能性だと思います」
輪島キリモトは、これからもその可能性を信じ、一歩ずつ前に進んでいく。伝統を大切にしながら、時代の変化に合わせて新しい価値を提案するその挑戦は、輪島塗が持つ力をさらに広げていくに違いない。