一流の田舎時間が流れる山あいの稀有な宿
瓜生 真吾
Shingo Uryu
喜多方 [福島県]
瓜生 真吾(うりゅう・しんご)
東京都出身。7年間のサラリーマンを経て、2015年婿養子として喜多方へやってきた。約650年前から続く創作料理が自慢の「熱塩温泉 山形屋」、四季折々の風景に、効能のある温泉、地場の美味しい食材が揃う山形屋で瓜生さんは喜多方の魅力継承や地域課題解決に取り組んでいる。
福島県の北西部に位置し、四方を雄大な自然に囲まれた喜多方では、四季の変化を存分に堪能できる。瓜生さんは伝統と歴史を刻む山形屋にどのように貢献し、また今後どう在りたいと考えているのか、瓜生さんにその思いを聞いてみた。
「やってみるだけやってみようの精神」で喜多方の方々と馴染んでいく
瓜生さんは東京出身で2015年に婿養子として喜多方へ。山形屋としての人生を歩む以前、瓜生さんはサラリーマンだった。「サラリーマンをやっている時は目の前に仕事を一生懸命やっていたけど、その先の目標みたいなものは特になかった。だから大きな充実感みたいなものもなくて…元々ものごとを自分で考えて自分で行動を起こす方が好きで、責任がそこに伴う環境に身を置ける方が面白い」と語る。喜多方に来てからは考え、行動の毎日。来てすぐは「地域に慣れる、仕事に慣れることが最優先事項。業界自体、全く素人な状態で入ってきたので、業界用語もわからなかったし、地域の文化や歴史も全然知らない状態でした」。
そこで取り組んだのが会津喜多方青年会議所で地域の人とつながりを持つこと。「当時はとりあえずやってみるだけやってみようというスタンスだった。わからないままにするのではなく、とりあえずやってみる中でわからないことを少しずつクリアにしていくくらいしか方法がなかった」と瓜生氏は当時を振り返りこう語る。会津喜多方青年会議所で築き上げた繋がりを大事にしつつ、地域の方々も将棋打ちや川釣りなどをしたりして様々な場所に出向き、交流を深めていった。「関係者、地域の方々、高齢者とコミュニケーションをとっていって喜多方に馴染んでみたいな感じですかね」と瓜生さんは当時を振り返りこう語った。
「喜多方人の気質として自分たちではシャイとか恥ずかしがりやとか頑固気質とか言っていますが、私から見るとそうでもない(笑)。まあ、でも頑固は頑固かな」。よその土地から来たからこそ、この土地の魅力を地元出身者とは違う感性で見つめることができる。
「その土地に代々受け継がれている一流の文化や精神は、田舎にこそ残っていると思うんです。喜多方市で言えば、酒造りなどの醸造文化や漆器づくりですね」と瓜生さん。
田舎にこそ文化や精神は根付いている
約650年前から喜多方市にある「熱塩温泉 山形屋」。四季折々の景色、歴史ある温泉、美味しい食材。魅力あふれる喜多方を存分に味わえる、こだわりの宿だ。熱塩開湯当初から山形屋という名前はあったそうで、「日本のナイチンゲール」と称され、現代の日本社会福祉の礎を築いたとされる人物、瓜生岩子さんの実家でもある。
熱塩温泉はその名の通り「熱くて塩分が濃い」のが特徴だ。「海に行くとのどが渇く。あれは体内の塩分と体外の塩分を均一にしようとする働きで、自然と温泉の方を体内に取り込もうとする。温泉に含まれる結晶版が汗腺をふさぐ。身体が温まり、汗が出やすくなる。それで子宝の湯と言われています」と教えてくれたのは山形屋の専務の瓜生真吾さん。もともとこの辺一帯は海だった説があり、岩塩を含んでいる。山の中に“しょっぱい”温泉があるのは珍しいことだという。
「身土不二」をテーマにした創作料理は月に一度変更
温泉旅館の楽しみの一つである料理。湯治目的の連泊のお客さまも多いことから、バリエーションを楽しんでいただけるように、創作料理を提供しています。大切にしているのは「身土不二」の考え方。元は仏教用語で「日本人は、その土地にあるものを身体に取り入れて生活することで、精神も肉体も元気でいられます。それを料理に落とし込もうと、熱塩加納町の農家さんの野菜を中心に、鮮魚以外は半径30km圏内、つまり喜多方市内の食材を使っています。完全に土地に根差したものをお客さまに提供することでここに来ていただく意味があると思い、料理で表現しています」と瓜生さん。
元々が湯治場で2泊から3泊長くて一週間と連泊する方が多いため、バリエーション豊かな食事を楽しんでいただきたいとの思いから、毎月変えるというこだわりぶり。「メニューは旅館内外の意見を取り入れながら、現在の形になっています。料理に関しては中の視点だけでなく、外の視点もあったほうがいいとの思いで、2か月に一回、地域の経営者を招いての食事会を開き、料理についての感想を貰う取り組みを継続的に行っています。仲が良いのでうまいとかうまくないとか遠慮はないですね(笑)。喜多方ラーメンを使ったり、毎月メニューのほぼ半分が変わり、2、3か月経つとまったく違う料理になります。定番料理がないのです。おいしいものを残しておけば完成度の高いものが生まれると思いますが、変化がある方が板前のモチベーションも上がると思いますし、あえてやっていないのです」。訪れるたびに新鮮な発見があり、再訪したくなる。
「2023年に企画したマルチペアリング※を通して、改めて思ったことは、味も大事だがストーリーも大事だということ。大和川酒造の佐藤社長のお酒についてのうんちくを聴いて食味するのと聞かずに食味するのでは味が違うと感じました」と語る。
「今まで当たり前だけど違和感があるものに関して、別に僕はあたり前だと思っていないのでそれを少しずつ変えていった」と現在は山形屋でスマートチェックインやタブレットの導入などデジタル化を進めている。
※マルチペアリング企画:山形屋こだわりの料理一品ごとに9種の日本酒と会津塗を楽しむプラン
免疫力を最大限に引き出すための「チャコールバーデン」
山形屋には約20年前に独自開発した日本初の「炭床式低温サウナ チャコールバーデン」がある。「熱塩温泉には、いわゆる観光地とか温泉街という顔はないので、館内での楽しみ方をいくつか揃えています。チャコールバーデンは20年前からやっているんですよ」。炭にはマイナスイオンやリラックス効果があり、温泉との相乗効果で人間が持つ免疫力を最大限に引き出す。「約40℃の低温サウナなので、ゆったりと長く利用できるのも特徴。癒しの時間をぜひ堪能してほしい。身体があったまったところで、その後は日本酒の試飲コーナーを楽しんでください」
地域の課題にも関わっていきたい
現在、子育て中の瓜生さん。今後の喜多方市についての思いは深い。「完全にその地域の課題解決と自分の業種っていうのを必ずしもリンクさせているわけではないですよ。でも、自分の仕事を行う中で、その地域の課題解決ということよりかは、巡り巡って、自分の稼業とかにもフィードバックはされるだろうっていう体で、その地域の課題解決にも取り組まなきゃいけない」と語った。「この土地で近所の人たちと豊かな自然に支えられながら子育てができていることが嬉しいです。一方で少子高齢化や空き家、耕作放棄地など様々な課題があるのも事実。息子の小学校は来年から学年一人なんですよね。統合の話も出たりしますが、よそ以上に過疎化進行は深刻な状況で、人がいなくなるという分かりやすい数字だけではなく、現場レベルでいうと、地域のコミュニティ自体がなくなっている。子供たちの遊び場だったりとか学ぶ部分だったり、徐々に減ってってるっていう中でどうすればいいのか結論はまだないです。周りは山深い。この自然をいかに生かすか。『一流の田舎』に欠かせない景色は人の手が入ることで保たれています。このコンセプトをより尖らせていくためにも、今後は地域の課題にも関わっていきたいです」と決意を述べた。