地域の“伝説”から生まれた工芸品を大切に守る。「お六櫛」が紡ぐ伝統文化。
木祖村お六櫛組合・組合長
Head of the Kiso Village Oroku Comb Association
木曽郡 [長野県]
木祖村お六櫛組合・組合長(きそむらおろくぐしくみあい・くみあいちょう)
江戸時代から300年以上続く木祖村の伝統工芸品・お六櫛の職人として活動。父や祖父の技術を受け継ぎ、数十年に渡ってお六櫛の生産に取り組んできた。2015年度には県の「信州の名工」に選定。現在は、後継者育成にも励んでいる。
山から採れる良質な木材を活かした工芸品と宿場町として栄えた歴史。それが木曽地域のひとつのアイデンティティとなっている。この地で生まれた伝統工芸のひとつが「お六櫛」だ。非常に歯が細かいことで静電気が起きにくく、使い続けていると髪の毛にツヤが出てくると言われている。江戸時代から300年以上続く、この伝統工芸に向き合っている木祖村お六櫛組合の組合長に話を聞いた。
櫛の歯は0.6mm間隔。先祖代々受け継がれてきた繊細な技術を伝承する。
「もうお六櫛職人になって数十年になりますね。」
そう話す木祖村お六櫛組合の組合長は、櫛職人の家系で生まれ育った。
「小さい頃から祖父や父が櫛を挽いてる姿を間近で見て育ちました。だから、『自分もいずれは櫛の世界に入るんだろうな』と思っていましたね。一度、別の仕事をしていたこともあるんですが、結局蛙の子は蛙。数年働いて、櫛作りの世界に戻ってきたんです。」
独特な工法で製作されるお六櫛。先祖代々繋がれてきた技術を、組合長も引き継いでいる。
「お六櫛をつくるためには、たくさんの道具が欠かせません。最初はその数に驚きましたよ。実際に今、私が使っている道具は20種類以上にものぼります。しかも、これらを使いやすいように自分の手で改良していく必要がある。でも、これがおもしろかったんです。自分の手に合うようにアレンジした道具を使って櫛の刃先を仕上げる作業は、お六櫛づくりの醍醐味ですね。」
組合長がつくる櫛は、8.4cmの幅に140本以上、およそ0.6mm間隔で歯がつくられる。この仕上げと磨きに全神経を集中させるのだという。
地域の”伝説”と歴史に根ざした伝統工芸を守る。
気になるのが「お六櫛」という独特な名前。江戸時代から木祖村に伝わっている伝説を組合長が話す。
「かつてこの地に“お六”と呼ばれる娘がいました。”お六”はひどい頭痛に悩まされていて、ある日御嶽大明神に頭痛の治癒を願ってお参りしたんです。すると、『ミネバリの木で櫛を作って髪を梳かせば治る』とのお告げを得た。早速試してみると、嘘のように長年悩まされていた頭痛が治ったというんです。そこで、お六は同じように頭痛に悩む人々のために櫛を作り、街道を行き交う旅人にお土産品として提供するように。そこから各地で評判を呼ぶようになり、いつの間にか『木曽のお六櫛』という名が全国に広がったと言われています。」
この言い伝えに出てくるミネバリの木の正式名称は「オノオレカンバ」。これはその名の通り、斧が折れるほど硬いことに由来している。密度が高く、水に沈むほど比重が重かったり、粘りもあったりすることが特徴だ。
「非常に丈夫だし、加工するときに狂いが生じにくい。だから、お六櫛のような細かい歯の櫛の材料としてちょうどいいんです。」
また、櫛を挽いていると口の中が苦くなるほど強い抗菌作用があり、この独特な苦みが頭痛の薬効成分になって上記の伝説を引き起こしたのではないか、と考える人も多いという。
また、木祖村にお六櫛の伝統工芸が根付いたのは、伝説があったからだけではない。「木々とともに生活を営んできた、この地域の歴史とは切っても切り離せない関係にある」と組合長は話す。
「木曽は伊勢神宮のご神木としても重用されるほどの良質な木が自然なかたちで生い茂る地域。特に江戸時代の木曽山は幕府によって厳しく保護されていたといいます。国から厳しい掟が敷かれる一方で、この地域に暮らす先祖たちは里山の資源を有効に活用しながら暮らしを営んでいたんです。さまざまな人が往来する宿場町だったこともあり、木材を利用した伝統工芸も地場産業として発達していきました。」 地域に守られ、愛されてきた木曽の木々。お六櫛にも、そんな地域のアイデンティティが込められている。
手仕事の奥深さに触れる機会を通して、技術を伝承していきたい。
江戸時代から300年以上続くお六櫛。しかし、近年では職人の高齢化も進み、後継者不足の課題にも直面している。そんな状況の中でも、組合長は技術の伝承に取り組む。
「組合をあげて地元の中学校などで技術指導にあたったり、観光客にお六櫛づくりの体験をしてもらったり。さまざまな場面で、お六櫛に触れてもらう機会をつくっています。『手挽きで櫛をつくるっておもしろい』『こんなに繊細な作業なんだ』など、新鮮な体験を味わってもらえたらいい。mm単位の調整や細やかな手作業はかなり集中力がいりますが、この手仕事の奥深さに触れてくれたら嬉しいですね。」
木祖村の豊かな森林、そしてそこから生まれる良質な木々を活かした伝統工芸。お六櫛という手仕事を通じて、そんな地域の風土や歴史を伝えていけたらと思います。
最後に、この地域で未来に繋いでいきたいものを聞いた。
木祖村の豊かな森林、そしてそこから生まれる良質な木々を活かした伝統工芸。お六櫛という手仕事を通じて、そんな地域の風土や歴史を伝えていけたらと思います。