
日常に溶け込む漆器を未来へつなぐ——山中から続くものづくりの現在
浅田 明彦
Haruhiko Asada
加賀市 [石川県]
浅田 明彦(あさだ・はるひこ)
石川県加賀市・山中温泉の漆器メーカー「浅田漆器工芸」代表。家業を継ぐことを意識したのは、高校卒業後に父の勧めで専門学校へ進んだ頃から。商品開発・営業・店頭での接客を軸に、「普段使いの洋漆器」を現代の暮らしへ提案している。
漆器は「特別な日に使うもの」——そんなイメージを、静かに問い直してくれるのが、石川県加賀市・山中温泉の浅田漆器工芸だ。明治期に木地師から始まった家業を受け継ぎながら、浅田明彦さんは現在、商品開発から営業、接客、体験プログラムまでを担い、山中漆器を現代の暮らしへとつなげている。産地の技術を土台にしながら、誰に、どのように届けるのか。その問いに向き合い続ける姿勢が、浅田漆器工芸のものづくりを形づくっている。
木地師の家業を継ぎ、漆器を“暮らしの道具”として届けてきた
創業は明治時代。ただし、はじまりは「商売」ではなく「木地師(きじし)」だったという。代々漆器一筋で続いてきた家ではなく、祖父世代から山中の仕事に深く関わるようになった。
浅田さんが耳にしてきたのは、初代にあたる人物が人を育て、弟子を多く輩出してきたという話。そして、父の代で大きな転換があった。
「父は“職人”というより“商売”のほうに舵を切った世代でした。木地を作る側がいるから、展開して漆器を広げてほしい、という流れがあったんだと思います」
つくる側の矜持と、届ける側の視点。その両方を引き継いだのが浅田さんの現在地だ。

その流れのなかで浅田さんが担うようになったのが、「どう作るか」だけでなく、「どう手に取ってもらうか」を考える役割だった。
「浅田漆器工芸らしさ」を問うと、浅田さんは迷いなく“女性をターゲットにしてきた歴史”を挙げた。父の代から、形や色を研究し、「可愛い」と感じてもらえる工夫を積み重ねてきたという。
りんごのようなシュガーポット、柿や栗を思わせる意外性のあるフォルム。目を引く造形は、単なる奇抜さではなく「手に取ってもらう入口」でもある。
「外国の方が足を止める漆器を作りたい、というのも今につながっています」

「うつろい」シリーズは、赤・黒・茶・ナチュラルが主流だった山中漆器の色世界に、メタリックの光を持ち込んだ存在だ。きっかけは意外にも“試し”からだったという。
「パステルカラーは可愛いけど『値段が可愛くない』と言われたりして。じゃあ高級に見える色って何だろう、と考えたときに、メタリックが照明で映える。最初はシルバーを塗ってみよう、から始まりました」
調色は繊細で、分量が少し違うだけで濃淡が変わる。濃い色は飽きやすい——そんな試行錯誤を経て、和の色の感覚にも通じる“淡さ”へ着地していった。ゴールドも、濃い金からシャンパンゴールドのような薄い金へ。発色のさじ加減が、シリーズの表情を決めていく。
また、SNSで「映える」価値が広がった時代の空気とも重なった。ものづくりの手応えと、届け方の潮流。その両方をつかんだ挑戦だった。

「むらくもカップ」誕生の背景には、売り場からの率直な要望があった。うつろいカップがポップアップなどで動き始めた頃、バイヤーから「売れるのは分かった。次はもっと単価の高い“いいもの”を」と言われたという。
そこで浅田さんが出会ったのが、山中の新作展で見た“むらくも塗り”。漆を塗った面に和ろうそくの煤(すす)を付けて模様を生む技法で、その表情に「ときめいた」。
「作品として作っていたものを、商品化できませんか、とお願いした。うつろいカップのベースで、漆下地をして、むらくも塗りをのせたらどうなるだろう、と進めていったのが経緯です」
文献に明確に残る技法ではなく、起源には謎も多い。それでも、研究を重ねて表現を磨き、唯一無二の景色へとたどり着いた。
縦木取りと拭き漆に宿る 山中漆器の合理性と強さ

山中漆器は「木地の山中」とも呼ばれる。浅田さんが語ったのは、欅(けやき)などを輪切りにし、割って使う縦木取り(たてきどり)という考え方。割れにくさや歪みにくさにつながり、蓋物などにも強い。
さらに、木地の技術を活かした山中ならではの表現として、等間隔の筋を刻む千筋(せんすじ)などの加飾挽きにも触れた。見た目の美しさだけでなく、手に馴染み、滑り止めにもなる——“使うための意匠”としての価値がある。
木地の個体差も前提にしながら、使える素材は工夫して活かす。傷やシミがあれば、塗りで目立ちにくくする。ものづくりの現場には、合理性と愛情が同居している。
日常で使われる器として、塗りで意識している点を尋ねると、浅田さんは山中の特徴として拭き漆(ふきうるし)を挙げた。
「漆を塗って、固まる前に布や紙で拭き取る。だから“拭き漆”です。木地がきれいに削れていないとムラが出やすいので、きれいに塗るのは難しい。でも木地の美しさを活かす塗り方なんです」
重ね塗りを何十回も行う作品づくりとは別のベクトルで、木地の表情を引き立て、日常の器として成立させる——山中らしさがここにある。
そうした山中ならではの技術と考え方を背景に、和ろうそくの煤による偶然性を取り入れた表現と、日常使いを前提とした器としての完成度。その両立が評価され、浅田漆器工芸の器は全国規模の伝統工芸公募展において、内閣総理大臣賞を受賞した。
受賞について浅田さんが語った評価のポイントは、「薄くて軽い」「模様が唯一無二」「スタッキングできる」そして「形がシンプルであること」だった。
「シンプルだからこそ、技術が試される。ごまかしができないんです」
木地・下地・塗りを学んできた経験があるからこそ、形の“潔さ”に宿る難しさも分かる。器の存在感で押し切るのではなく、精度で勝負する。山中の文脈が、ここでもはっきりと現れている。
使う人と作り手をつなぐ ものづくりのその先へ

浅田さんが大切にしているのは、作って終わらせず、人と人のあいだをつなぎ続けることだ。
浅田漆器工芸では体験も行っている。拭き漆体験の起点は、浅田さんが10歳頃、学校の授業で伝統工芸に触れるプログラムを受け入れたことだったという。現在の体験は、絵付けだけでは拾いきれないニーズを補う形で広がった。
「絵付け体験をしていると、『絵が苦手だから見ておく』という方が結構いた。じゃあ苦手な人でも楽しめるように、山中漆器らしい拭き漆体験を導入したら、人気が出てきました」
塗って拭き取る——工程自体がシンプルだから短時間でも成立する。時間に余裕があれば工房見学や、器の裏に漆で絵を描くプラス体験も提案しているという。ハードルを下げつつ、“本物に触れる”実感を残す設計だ。
産地の課題として語られたのは、需要変化と後継者不足。そして、その突破口としての「発信力」だった。
「最近は“物が良くて当たり前”。じゃあどうやって発信して届くか。SNSで発信できる時代なので、発信次第で可能性は変わると思います」
発信で使う人が増えれば、作り手になりたい人も増える。鶏が先か、卵が先かのような循環だが、だからこそ回し始めることが大切だという。
若い世代へ伝えたいのは、技術以前に「好きであること」と「根気」。美的センスは後からでもついてくる。継続が力になる——浅田さん自身が、商品づくりと接客の現場でその手応えを掴んできた。
代表として嬉しかった言葉を尋ねると、浅田さんは接客のエピソードを挙げた。
「買うつもりなかったのに、あなたの言葉に押されて買うわ、と言われたのが一番嬉しかった。商品が良いから、だけじゃなくて、自分の伝え方を褒めてもらえたというか」
さらに、使い倒された器の塗り直し(メンテナンス)を頼まれた瞬間も、強い喜びにつながる。「使ってもらっている」と実感できるからだ。
経営者でありながら、産地の職人たちの仕事を広げる“橋渡し”でもある。その立ち位置の難しさを抱えつつ、浅田さんは「こういう職人がいる」と伝える側に立つことを選んでいる。
未来へ繋いでいきたいものは何か?
最後に、未来の姿を思い描くと、浅田さんの答えはとても静かなものだった。

「目立ってしょうがない、というより、他の食器と溶け込んでいるのが理想。気づいたら毎日使ってた、くらいの器になりたい」
特別な日にだけ登場する工芸品ではなく、使うことで心地よさや豊かさを実感できる日常の道具としての漆器。その価値と感覚を、これから先の世代へ手渡していくことこそが、浅田さんが未来へ繋いでいきたいものだ。