あわら温泉の女将たちが醸す一杯。日本酒「女将」に込めた心・OUR LOVE

公開日:

立尾 清美

Kiyomi Tatsuo

あわら市 [福井県]

立尾清美(たつお・きよみ)
福井県坂井市出身。あわら温泉「白和荘」女将。「あわら温泉 女将の会」副会長として温泉地の活性化や広報活動に取り組みながら、日本酒「女将」のプロデュースに当初より関わる。長く茶道にも親しみ、あわら温泉を象徴する「OUR LOVE」という言葉とともに、日々、お客様へ最高のもてなしを届けている。

日本酒は、その土地の風土と人の営みを映し出す。米と水に恵まれた酒どころ、福井県の北端にある「あわら温泉」では、女将たちが自ら酒米を育て、日本酒を醸している。その名も「女将」。温泉地の未来を見据えた挑戦は、やがて一杯の酒を超え、もてなしの心を伝える象徴となっている。「あわら温泉 女将の会」の立尾清美さんに、これまでの歩みと、その根底にある「OUR LOVE」に託す思いを伺った。

酒どころ福井で託された、女将たちの挑戦

日本酒を作るには、良質な米と水が欠かせない。全国には、その2つの条件を備え、銘酒を生み出す「酒どころ」と呼ばれる地域がいくつか存在するが、福井県もその一つである。

国内で圧倒的な生産量を誇るコシヒカリ発祥の地であることが示すように、粘土質で形成された肥沃な福井平野では、古くから稲作が盛んに行われてきた。さらに、信仰の山として知られる霊峰白山からは豊富な地下水がもたらされる。良質な米と、その旨みを引き出す水に恵まれたこの地に、20を超える蔵元が軒を連ねるのも不思議ではない。

そうした蔵元で醸される数々の酒のなかでも、ひときわ彩り鮮やかな銘柄がある。「女将」と名付けられた日本酒だ。福井県随一の温泉地、「あわら温泉」の女将たちが自ら酒米を育て、醸造まで手掛けた酒である。

「北陸新幹線の開業が目前に迫った2013年、福井県の方から、今後増えるであろう観光客を見込んで、あわら温泉ならではの取り組みをしてみないかと提案いただいたんです。その取り組みというのが、温泉宿の女将たちが唎酒師の資格を取得するというものでした。私自身、それほどお酒を嗜むわけでもありませんでしたから、正直なところ戸惑いの方が大きかったですね」

穏やかな語り口でそう話すのは、この温泉地で半世紀以上の歴史を持つ「白和荘」の女将、立尾清美さんだ。縁あって温泉宿に嫁ぎ、現在は「あわら温泉 女将の会」の副会長も務めている。

立尾さんを含む十数名の女将たちに投げかけられた、唎酒師の資格取得というミッション。決して容易ではないと分かっていながらも、その一歩を踏み出そうと決意したのには、一人でも多くの観光客に、あわら温泉に赴いてほしいという願いがあったからだった。

「女将の会が発足したのは、今から35年ほど前。宿を支える立場として、悩みや不安などを分かち合う場として始まりましたが、ほどなくして、マスコット的な存在で温泉のPRに携わるようになりました。それをきっかけに、次第に私たちの立場で、温泉を盛り上げるために何ができるかを考えるようになったんです。女将の会として、積極的にあわら温泉の広報活動を行うようになったのも自然の流れでした」

温泉の将来を見据え、自分たちにできることを積み重ねていく。立尾さんたちは、唎酒師の資格取得もその一つだと位置付けた。それからは、宿の仕事を終えた夜11時過ぎから数冊の分厚いテキストに向き合う日々が始まった。互いに励まし合いながらの数ヶ月。努力は実を結んで全員が合格し、女将たちの新たな一歩が刻まれた。

しかし、女将たちの挑戦はそこで終わらなかった。翌年には自ら日本酒を造る、というさらなる試みにも踏み出すことになる。

どんな酒を造るのか?辿り着いたあわらの恵みと原風景

あわら温泉が開湯したのは明治16年(1883年)のこと。大規模な干ばつに苦しんでいた農民たちが、田畑に必要な水を確保しようと井戸を掘ったことに始まる。そのときに温泉が湧き出たことで、近隣から多くの人が足を運ぶようになり、「関西の奥座敷」と呼ばれるほどまで栄えた。

その温泉の大きな魅力が、74にも及ぶ豊富な源泉だ。共同管理を行っておらず、宿が独自の源泉を確保でき、それぞれで効能が異なる湯を楽しめる。

しかし一方で、北陸という地域への交通の便に恵まれず、長らく客層は福井県内が中心だったという。そうした状況のなか、あわら温泉の活性化を模索していた時期に舞い込んだのが、北陸新幹線開業の知らせだった。

そして、「日本酒 女将プロジェクト」が動き出す。

酒どころ福井だからこそ、既存の酒とは異なる女将らしい酒とは何か。その定義づくりがもっとも難しかったと、立尾さんは振り返る。

「まずは、私たち自身が造るお酒で、お客様に何を伝えたいのかをじっくり考える必要がありました。そこで足を運んだのが、禅寺である大本山永平寺です。座禅を組み、精進料理をいただき、禅の教えに触れるなかで気付いたことは、私たちがどれほど自然の恩恵を受けているかということでした。

日本酒の原料であるお米と水。この地の豊かな恵みを存分に味わっていただけるようなお酒ができればと考えたんです。そんなお酒ならば、宿でお出ししている地元食材中心のお料理のおいしさも、より深く感じていただけるはずですから」

プロジェクトでは、酒米作りにも女将たち自らが携わった。5月、慣れない足取りで田んぼに入り苗を植え、夏には女将業の合間を縫って稲の生育を観察。稲穂が実る10月には鎌を手に取り、稲刈りを行った。それが終わると、酒蔵での仕込みだ。麹を作り、三段仕込みを経て、絞りに至るまで、すべての工程に関わった。

「このときに役に立ったのが、唎酒師の知識だったんです。酒造りの流れも一通り理解していましたので、納得しながら作業を進めることができ、2015年には純米吟醸生貯蔵酒『女将』をリリースすることができました。

ただ、このお酒は私たちだけで完成させたわけではありません。酒造りを支えてくださった久保田酒造さん、酒米作りの場を提供してくださった農家の方々、そしてこのプロジェクトを全面的にバックアップしてくださった福井県坂井農林総合事務所のみなさんなどなどの多くの方の協力があってこそ。感謝の気持ちは今も変わりません」

それから10年以上。今では、辛口、甘口、スパークリングを合わせ、年間6000本の酒を醸すまでになった。

「女将の辛口」はグレープフルーツのような香りが特徴。口に含むと爽やかな清涼感を感じ、喉越しがキリリとしていて日本酒通にも人気が高い。一方、「女将の甘口」は青リンゴのような香りと、優しい甘さやほのかな酸味が広がり、アルコール度数を抑えているため女性を中心に支持されている。さらに、甘口に炭酸を加えたスパークリング「OKAMI NO AWA」は、食前酒として好評だ。

そして現在、これらの酒を味わえる体験プランが観光客を楽しませているという。

体験では、「女将」をはじめいくつかの地酒が用意され、それぞれ異なるお猪口で香りや味わいの特徴を聞きながらテイスティングを行う。さらに、地元食材とのペアリングも楽しめる。この地域を代表する発酵保存食。日本海で水揚げされた魚を塩漬けし、糖に漬け込んだ「へしこ」を、日本酒「女将」の酒粕に更に漬け脱塩し仕上げた「おかみのまろやかへしこ」とのマリアージュは格別で、参加者が思わず言葉を失うほどの旨さだという。

「『女将』で感じていただきたいのは、お米や水のおいしさと併せ、この土地の原風景なんです。見渡す限りの田園風景や、静かに耳に届く川のせせらぎ。そんなありのままの自然を思い浮かべていただければ嬉しいですね。その思いがあるからこそ、『女将』はあわら温泉でしかお出ししていないんです」

酒は、それぞれ醸される土地ごとに味わいが異なり、背景には必ずストーリーが存在する。港町では漁から戻った男衆の疲れを癒すような酒が好まれ、温暖な地域では穏やかな風土を映すような酒が好まれてきたのもそのためだ。酒の背景に思いを馳せてこそ、その一杯の味わいは、より深く染み入るのかもしれない。

おもてなしの心「OUR LOVE」が育んだ銘酒

とはいえ、これまでの十数年の歩みは決して平坦なものではなかったという。始めた当時は、米作りも酒造りも未経験だった女将たちに、「5年も続けば良いだろう」といった辛口の声が投げかけられることも珍しくなかった。もちろん、多忙を極める女将業との両立にも多くの苦労が伴った。そして観光客の足が完全に途絶えたコロナ禍。存続そのものが危ぶまれた時期もあったが、その都度支えになったのが、毎年『女将』を楽しみにしてくれる客の存在だった。

「『女将たち、頑張っているね』という周囲からの励ましに、何度救われたかわかりません。

どんな状況であれ、その言葉に報いたい、お客様をもてなしたい、という一心があったからこそ、ここまで続けてこられたのだと思います」

そんなもてなしの心を表現しているのが、「OUR LOVE」という言葉だ。数年前に生まれたこのキャッチフレーズは、両手でハートを形作るジェスチャーとともに親しまれ、あわら温泉を象徴する合言葉として定着しつつある。それぞれの宿で、お客様に最高のもてなしを届けようと努力し、同時に酒造りにも真摯に向き合う女将たち。その根底にあるのが、あわらを愛する気持ち「OUR LOVE」なのだ。

「『女将』は、もともとあわら温泉に足を運んでいただくためのツールに過ぎませんでした。ですが今では、私たち全員がおもてなしの心を表現したお酒だと胸を張って言えます。まさに『OUR LOVE』そのものなんです」

幾多の困難を乗り越えながら育まれてきた酒には、女将たちの覚悟と、この地への深い愛情もまた、確かに注ぎ込まれている。

未来へ繋いでいきたいものは何か?

最後に、立尾さんに未来へ繋いでいきたいものは何か、と尋ねた。

「そうですね…。『心』でしょうか。

あわらを愛する心、まさに『OUR LOVE』だと思います。『女将』に限らず、あわら温泉の未来にも欠かせないものとして、その心をこれからも伝えていきたいですね。そうすれば、あわら温泉への愛が、きっとお客様の心にも広がっていくような気がするんです」

立尾さんにとっての「女将」は、“分身”のような存在なのだという。十数年にわたり、休むことなく酒米を育て、心を込めて酒造りと向き合いを続けてきたからこその言葉だ。その着実な歩みのなかでは、揺るぎない誇りもまた、育っていったに違いない。

「実は今日は、私が長年師事してきた茶道の師匠のお通夜なんです。おもてなしの心の原点を教えてくださった大切な方でした。『女将』の成長も、ずっと一緒に見守ってくださっていたんですよ」

『女将』を口に含むと、立尾さんをはじめとする女将たちの心が伝わってくる。また、この酒を世に送り出そうと支えてきた人たちの思いも感じる。そして、その数々の心が満ちた『女将』を、毎年楽しみに待ち続ける人たちの喜びが重なっていくのだ。

酒は、人の心によって生まれ、銘酒へと育くまれていく。あわら温泉には、ここでしか味わえない一杯が、しっかりと未来へ受け継がれている。